第3話喪女、盲目になる
異世界に飛ばされ、目が見えなくなったことに気づいてから、緊張で眠れない日々が続いた。
自分がどこにいるかもどんな状態に陥っているのかもわからず、逃げ場もなく話が通じる相手もいない。
やれることとしたら、聞こえる耳を頼りに周りの状況把握と警戒心をもつことぐらいだ。
そしてわかったことがある。
周囲にいる人たちは私同様この場から出られないことがわかった。つまり私たちはどこかに監禁されている。
終始耳を欹てていたが、誰一人ここから出ていく様子はなかった。誰一人声を荒げる様子もなく、抵抗している様子もみられない。しかし夜な夜な声を押し殺して泣いている声が聞こえてくる。
彼らが何かに怯えているのは明らかだった。
何故彼らはここに監禁されているのだろうか。
合意の上なのか、脅されているのか。
生憎私は合意の上じゃない。
監禁されている正確な人数はわからないが、十人以上はいるだろうか。声の高低から老若男女関係なく集められている。
なんにせよ、この監禁が殺す目的ではないことだけはわかる。それは食事と入浴が出来るからだ。
すぐに殺す予定ならわざわざ食事を与えなくとも
栄養失調や脱水で死ぬだろう。つまり生かすだけの理由があるということ。
一番謎なのは、入浴させ身綺麗にさせることだ。
いつか見せ物にさせられ、どこかに売られるのための準備期間とか?
見せ物?……胸糞悪い。
ほんと最悪。
こんな生活、もう嫌。
こんな最低最悪な監禁生活の中で、一番不快なのは排泄で、二番目は入浴だ。
いくら食事量は少なくとも、尿、便はどうしても催す。ここに決まった排泄場所はなく、皆尿と便を垂れ流し状態のままでいるしかなく、自然と色んな人の汗や尿便臭の匂いが辺りに充満している。そのため食事もその匂いのせいであまり食欲が湧かないし、公衆面前で尿と便をする羞恥がある。羞恥故に排泄を我慢すると腹痛で冷や汗も出てくる始末。しかも尿と便で被れた自分の股とお尻が臭いし痛痒い。
二番目の入浴なんか浴場に向かうところから非人道的だ。
まず浴場行く前に、必ず衣服を脱ぎ全裸になった状態で一緒に監禁されている彼らと数珠繋ぎのように鎖のついた手枷と足枷をつけられる。枷をつけられる時、どうやって枷を装着させているのかはわからないが、見えない何かの力でいつのまにかつけられている。
拘束された私たちは百足のように、監禁場所の戸を潜り抜け、カビ臭い浴場に向かう。浴場に着くと拘束されたまま数珠つなぎのまま浴槽に入らなくてはならない。足、腹、肩の順番に浴槽に入り、最後にしっかりと頭の先まで湯水に浸ける。
本当は頭まで浸かりたくないのが本音だ。
なぜなら浴槽の湯水は化学薬品のような匂いと変な味がする。例えるなら、泥水に化学薬品が数種類混じった感じだ。こんな湯水でもしっかり頭まで浸からないといけない理由がある。
頭まで湯水に浸からないと、強制的に頭を掴まれ、無理やり浸けられるからだ。
どうして頭まで浸けるかは未だ謎だが、苦しい思いをする位ならと、今では自分から頭を湯水に浸けている。人によっては面白半分で髪の毛を鷲掴み、窒息する勢いで溺れさせようとしてくる奴らもいるため、用心に越したことはないのだ。
かと言って、こんな入浴での垢や汚れが取れ身体清潔になるわけではないし、むしろこの浴槽に入るたびに変な匂いが身体にこびりつかないか、変な物が体内に染み込んでいないか不安になる。
最近はそのせいで無意識に体を掻きむしることが多くなってきた。
掻きむしった傷跡に湯水が染み込みチクリと痛む。その痛みさえも不快で、瘡蓋になった部分の上から更に掻きむしった。
私が何したっていうの?
こんな扱い、あり得ない。
ペットよりいや家畜より酷い扱いのはず。
こんなの日本じゃあり得ないから。
なんで私がこんなことに!
真面目、誠実、思い遣りをモットーに生きてきたのに!非人道的な行為だって一度もしたことがない!
『しゅりちゃん。神様はね、そのひとに超えられないハードルを課すことはないのよ。きっとしゅりちゃんなら乗り越えられる』
お母さん…そんなこと言ったって、こんな状況誰にも乗り越えられないよ。
言葉が通じないならジェスチャーとかでなんとか会話を試みることができるかもしれないけど、目が全く見えないんだよ?
言葉がわからなくても、目さえ見えていたらここから出られるツテを探せるかもしれない。得体のしれない彼らがどんな姿をしてるのかもわかるかもしれない。
目が見えてさえいれば、この恐怖も少しは薄まるかもしれない。
だけど目が見えないってだけで、周りの状況が全くわからないから、安心なんてできないし全く眠れないの!
お母さんが言う神様のハードルは、私には高すぎて越えられないよ!
そんな苛酷な監禁生活を送る中、自暴自棄になった私の世話焼きをし始めた異質な少年がいた。監禁場所から逃げようとした時、下敷きにした彼だ。
彼は食事に手をつけない私の口に、カビ臭く硬い食べ物を無理やり押し込んできたり。全身を掻きむしる手を押さえこみ、私の背後から抱きしめて無理やり眠らせようとしてきた。また入浴の際に私の目が見えないと気づき悪戯をしてきた奴らからいつも守ってくれた。その分奴らから彼への報復は絶えなかった。
はじめは寄り添ってくる彼の行為に恐怖で噛んだり殴ったりと抵抗していたが、私の代わりに暴力を受ける彼に、次第に心が絆されるのを感じた。
目が見えないから正確なことは言えないが、彼は私だけではなく、一緒に監禁されている人達にも親切にしているようだった。
例えば食事時の彼の咀嚼音の回数が極端に少ないことから、配膳された食べ物を自分で食べるのではなく、他の人たちに譲っているようだった。
彼のその捨て身の善行に苛立ち、私の口に押し込む食べ物を彼の手から奪い取り、半分にして彼の口辺りに押し付けたこともある。
また彼は倒れて動けなくなった人を見過ごせないのか、倒れる人が出る度に看病しているようだった。
彼らが動けなくなった理由が脱水または栄養失調なのか、それとも感染症なのか、どんな病気で倒れているのか私にはわからなかったし、正直知りたいとも思わなかった。
ここには病を治す薬も、看病する道具もない。
あるのは身ひとつだ。
そんな状態で病なんか治せるわけがない。
それでも彼は一人一人に付き添い、ポツリポツリと穏やかな声で励まし、亡くなれば静かに死を悼んでいるようだった。
そんな彼の声を聞きながら、そんなことをしても無駄なのにと、嘲笑っていた。
目の前で倒れている人を見捨てるなんて看護師としてあるまじき行為だ。
自分がこんなにも最低な人間だと夢にも思わなかった。自分でさえ知らない自分に気づく――利己的で非人道的な性格の自分を。
「逆境にあってこそ、人の価値が問われる」と聞くけれど、私はただの真面目ぶった偽善者で、彼こそが真の善人なのだ。
ふと、日々聴いていた彼の静謐な声が止む。
その時私は気づいた。
彼が見送る相手が
しかし見送られる相手は私ではなく、彼になるとわかるまでに時間はかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます