人には抗えぬ力、二人の武者を鎮める

 もはや隠れる必要などなかった。


「誰――」


 誰が武器を向けようとも無意味。


「ち、力が」


 月の姫の前には、雑兵など何の抵抗さえも許されない。


「下がれ! わらわは月の国の姫じゃぞ!」


 かぐや姫の力。それは人から戦意を奪うというもの。

 如何に屈強な男であろうとも彼女の前では赤子同然。


「王はどこじゃ? 答えろ」

「し、寝室で寝ているかと」

「ありがとう」


 男達は跪いたまま動くこともできず、かぐや姫が王のもとに向かうのを見ていることしかできない。


不死男ふじお、いや、天翔命あまかけるみこと。待っておれ。今、肉体を持ってそちらに向かうのでな)



 かぐや姫が庫持不死男くらもちのふじおのもとに向かっている時、八島軍の陣地から程遠からぬ東の丘では、月明かりを頼りとした激戦が繰り広げられていた。


「香、お前だけは!」


 俊信が、宝刀『稲薙剣いななぎのつるぎ』を馬上から振り下ろす。


「俊信、てめえだけは俺様の手で引導を渡してやる!」


 対する香は、霊剣『月絶剣つきたちのつるぎ』で受け流す。


 周りには誰もいない。満月の夜空が広がる中、二人の騎馬武者は刀剣を振るい続ける。


 乾いた寒空に、玉鋼の打ち合う音が木霊する。

 空気中に、刀剣のしのぎが粒子となって舞っていく。

 砂地には二人の汗が染み込み、馬のひづめが跡を付けていく。

 月明りが騎馬武者の影をつくり、それは時の経過とともに角度を変えていく。


 削れる刀身と削れぬ闘志。

 消えぬ復讐心と癒えぬ喪失感。

 友であり敵。敵であり友。

 だから、互いに容赦できない。

 互いを良く知る仲だからこそ、相手を許すことはできない。

 

「うぉっ!」

「くそったれ!」


 若武者の馬がほぼ同時に乗り手を振り落とす。対面する敵の乗り手の覇気が、二頭から平常心を奪ったものか。


「まだだ!」

「俺様だって、まだ!」


 だがしかし、そのような事故程度で二人の武者から闘魂を奪うことはできない。俊信と香は徒歩での戦闘に突入する。


 それは果てしなく続くかと思われた。


 俊信は、一度は折れた『稲薙剣いななぎのつるぎ』を修復し、香に挑んでいた。「もう二度と折りはしない」という決意とともに、彼はひるむことなく打ち合った。


 香は、一度は「裏切られた」と思った相手の千古の顔を思い浮かべながら、俊信に挑んでいた。その手に握る『月絶剣つきたちのつるぎ』の名のように、彼は『月』への未練を絶つことはできない。かつては自分を利用とした『自称かぐや姫』が、今では失いたくない存在へと変わっていたから。


バギンッ!


 やがて、双方の刀剣が所有者の戦意よりも先に折れる。すると、今度は互いに脇差を手に戦闘を継続する。それも長くは続かずに互いの脇差が同時に折れる。


 その後、両者が展開したのは取っ組み合いだった。胸ぐらを掴み、肩を押し、張り手の応酬を繰り広げる。


「お前……」

「俊信……」


 誰かが停戦の銅鑼どらを鳴らさなければ、二人は世界が終わるまで戦い続けていたかもしれない。そう思わせる程の戦意が、尽きぬ燃料が永続的に注がれているかのようだったから。


「うおっ!」

「め、目が見えねえ!」


 二人の戦いを終わらせたもの。それは人である彼らが決して抗えない力。


「力が……」

「抜けていく……だと?」


 人の肉体を借りた月の姫が発する戦意喪失の力だった。

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