第八章 決着を付けたのは、人智を超えた奇跡
二五〇年ぶり、二回目の降臨
時は少し巻き戻り、泡田津から『土蜘蛛』軍が出動した直後。
「警備かいな。かったりい」
二人の警備兵が話し込んでいた。
「仕方ねえよ。これが村落から集められた僕らの役目なんだから。それとも、さっき出てった『土蜘蛛』の野郎どもみたいに、武器を手に出撃した方がマシか?」
「いや、こっちの方がいい。あんな人語も解せねえ王様の人形なんかと一緒に戦場に向かわされるよりかは」
「同感。僕達は意思を持った人だ。虚ろな目で王の指示を実行するだけの存在と一緒にされちゃ困る」
「でもよ、あいつらだって元は俺達のような人間だって聞いたぜ? それがなんであんな風になっちまったんだ?」
「あいつらは王様に無理矢理生かされてるって話だよ。二百年以上も」
「はあ? 冗談よせよ」
「本当らしいよ。さっき出撃した連中の中に西からやってきた武者がいただろ」
「武者? ああ、あの一際目立つ派手な武具を付けた野郎か。
「そう、そいつ。そいつが腰に帯びた剣。あれが長寿の秘密さ」
「ほお?」
「そいつが折れない限り、『土蜘蛛』の連中は死なないんだと。昔、親父が王様のもとで働いてた時に聞いた話が真実ならね」
「へえ……けどよ、じゃあなんでさっき出てったあいつらは人らしさを失っちまってんだ?」
「『死にはしないけど老いはする』んだと。考えてもみろ。二百年以上生きてて正気を保てる奴がいると思うか?」
「無理だろうな。俺の母ちゃんももうすぐ六十だけどよお、一日におんなじ事を何度も聞いてくんだわ。あいつらはその三倍以上も生きてんだろ? じゃあ、もう自分が誰なのかすら分かってねえんじゃねえか」
「そういうこと。あっ、やべ。交代の時間だ。ほら」
男が
「おっ、ようやく立ち仕事から解放か。足がクタクタだ」
「僕も。さあ、詰所に戻って交代を告げに行こう」
男二人の会話が幕を閉じた。辺り一帯が静寂に包まれる。
ミシッミシ。
「誰か」は二本足で立つと市内の見張りの目を避けるようにして進み、ある場所へと向かう。
やがて、「誰か」は地下へと通ずる階段を発見。その先にある地下牢へと足音を立てないよう慎重に潜入を試みる。
「はあ、もう交代の時間かよ」
ピクリと「誰か」が震える。見張りの声が段々と大きくなる。こちらに近づいているのは間違いなかった。
バレたら間違いなく捕まっちゃう。どうしよう?
「誰か」が慌てていると、ふと誰かが叫ぶ声がした。
「熊だ! 大きな熊が北の城門を叩いてぶち破ろうとしてやがる! 応援頼む!」
その呼びかけに応じるため、「誰か」の近くまで来ていた見張りは北へと駆けていった。再度訪れる静寂。ややあってから階下に小さな足音が響く。
後は女神様に教えられた通りに進めば、きっと辿り着ける。
「誰か」は地下牢まで通ずる通路を、牢番に気取られることのないように忍び足で進む。
進み続けること十分。とうとう目的地の地下牢に到着する。
ひどい場所だった。
鼻を突くは異臭。
目に映るは骸骨。
耳に響くは鼠の声。
手に感じるは苔の感触。
まさに罪人が投げ込まれる空間といった場所に「誰か」は進入する。ある人の、正確にはある人が身につけている物を手に入れるために。
自分の身に『かぐや』姫を宿すために必要な、世界に一つしかない一品。
『かぐや姫』が
どこ? 早く見つけないと!
「誰か」が焦りだした、その時。
うーあー。
あまりにも場違いな声が、
なんで、赤ちゃんがこんなところに?
不審に思った「誰か」は、赤子を心配する母のように駆け足で声のする方へと向かう。そして、見知った顔の男に出会う。顔は多少やつれていたが、以前の面影を残していたので「誰か」にも判別できた。
「隆資様!? どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だ。桜子さん。君こそ、なぜこんな場所に?」
なんと、投獄されていたのは大友隆資で、その彼の前に立っていたのはフードを目深にかぶっていた桜子だった。
「探しに来たんです。千古さんを」
「千古を? 我が娘に何の用が?」
「え、む、娘さん?」
「間違いない。千古は……私が『かぐや姫』と呼んで慈しんだ娘だった。彼女に対面した際、私が自分の娘だと確認したのでな」
隆資は桜子に全てを明かした。
単身で王城まで足を運んだこと。
王の傍で混乱している彼女と対面したこと。
話しかけてみたが、彼女とは意思疎通が取れる状態ではなかったこと。
彼女の胸元に、生後すぐに確認した赤い桜の
そして、彼女が娘と判明してすぐに王に捕縛され、隣合って投獄されたこと。
「じゃあ、娘さんは――」
「今も隣で泣いている子だ。見た目は妙齢だが、中身は赤子同然になってしまった。私が遺棄してから一年程しか経っていないから、きっと心は幼児のままだったんだろう」
隆資は口をつぐんだ。桜子はさらに一つ向こう側の牢にいる千古の方に向かい、顔を出して見せる。幼子に接するような態度を意識しつつ。
「はじめまして、千古ちゃん」
「あー……うー」
千古は怯える様子もなく、桜子に
(なるほど。粗相しちゃったのね)
桜子は母になったつもりで、優しく手招きする。
「こっちおいで。おしめを替えてあげる。お姉ちゃんのとこまで来て」
千古は「まぁま」と答えると、桜子の方に近づいていく。背中に付けたままの
「いい子ねー。お姉ちゃんにそのお背中に背負ってる物をくれるかな?」
「うー」
千古が近づいてきた。桜子は彼女の纏う母衣に手をかけ、自分の方に手繰り寄せようとした。
「おい、うるせえぞ。ぎゃあぎゃあと!」
と、その時。野太い男の声がした。牢番だ。彼は槍を持ちながら近寄ってくる。
「ん? 誰だ、あんた」
「やばっ」
見たこともない女が、牢の中にいる少女、それも王が投獄を命じた人とやり取りをしている。
そう考えた牢番は、槍を桜子に向けて脅した。
「動くな! お前、何を企んでやがる!」
万事休すかと思われた。しかし、そこに思わぬ侵入者が現れる。
「うわぁーーー!」
誰かの悲鳴がしたかと思えば、それはやがて地下牢に木霊していく。そして、全力で逃げ出す男の一団が地下牢に姿を見せる。
男たちの背後から迫るのは、人の背丈を超える大熊。
「ふぇーー!!」
彼らに怯えたのか、それとも大熊が眼前に迫ったからかは不明だが、千古も大泣きを初めてしまう。
予想外の事態に、先ほどまで槍を構えていた牢番も思わず気を失ってしまった。
(今だ!)
その隙を見逃さず、桜子は千古の母衣を手に取ると、それをすぐに羽織った。天女が羽衣を身に帯びるように。
『ありがとう、西の姫よ。後は任せろ。
あと、アルテミスじゃったか。
そんな声が耳に響くとすぐに、桜子の意識は遠のいていく。代わりに彼女の体を支配したのは、
「すまぬな。千古ちゃん。 わらわのせいで苦しい思いをさせてしまって。おしめはこの熊さん――あ、泣くな、泣くでない! この熊さんはな、ほんとは可愛い可愛いアルテミスってお姉ちゃんじゃから、優しく交換してくれるぞよ。ちと待たれい」
過去の怒りが纏わりついた母衣と、月にいる本体が、桜子という依代を媒介として融合した結果、二五〇年ぶりに地上に降臨した存在。
「じゃあ、アルテミス殿。この
本物のかぐや姫だった。
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