『竹取物語』の知られざる真実
雲のない夜空に小さな
「オオ、オオ、オオッ!」
人語とは解せぬ言葉を発し、『土蜘蛛』兵が我先にと陣地に突っ込んでいく。赤みがかった何かしらの動物の毛皮を頭から被り、武器を手にする敵に向けて突進する様はまるで赤鬼。気のせいだろうか、兵士達も幾分赤みが強い肌の者が多い。
「お、鬼だぁ! 怖えぇよ……」
「あ、熱い、熱い!」
「おっかさぁん!」
対して、八島兵達は襲撃者の鬼気迫る容貌に闘志を挫かれ、陣地から出ていこうとして逃げ惑った。だが、逃げようにも既に火の手は陣地の至る所に回っており、さらに陣地の門には『土蜘蛛』兵が彼らを逃がすまいと立ちはだかっていた。
また、陣地の西で面する海に逃れようとしても今度は矢の餌食となるばかりで、まさに
八島人の間に絶望が広がる。彼らは烏合の衆となり、しかも兵を統率する立場の俊信は病で天幕から出られない。隆資もこの場にはおらず誰も兵士を抑えられる者は現れなかった。
一人の小さな青年が、男達をまとめ上げようと立ち上がるまでは。
「みんな、落ち着いて! 故郷で待つ家族のことを思い出して!
そんなみっともない姿で故郷に帰るつもりなんですか。
あなた方は僕よりもずっと体が大きい。ずっと年上のはずでしょ?
なのに、僕よりも勇気がないんですか? そんなはずはない。
助かりたいのなら、僕の指揮に従ってください!
今は非常事態だ。指揮権云々は関係ない!
敵を撃退できる勇敢な人が指揮を執るべきなんだから!」
演説をぶったのは智紀だった。意思の統一が困難な戦況において、彼のような存在は重宝されるもの。
「やってやらあ」
「おい、坊主。俺たちを導いてくれや」
「役立たずの指揮官様よか、君の言うことを聞くぜ!」
智紀の言葉に奮い立った男たちは手に剣をしっかと持つと、彼の号令に付き従い包囲中の『土蜘蛛』兵達に
「ウオッ!? オオオッ!?」
「逃がすな! うわっ、くそ。あっちぃ!」
八島の兵士達は一時的に敵を追い散らすことに成功するも、一段と勢いを増す火の手に追撃を妨げられる。すると、火の粉を振り払おうとする彼らに『土蜘蛛』兵達が反撃を行い、八島人の犠牲者の方が一方的に増えていく。
(なんで敵は、火を怖がらないんだ?)
一歩も退くことなく太刀を振るっていた智紀が、敵の異常さに気付く。
普通、火の手が上がっている場所に進んで攻撃を仕掛けようなんて人はいない。だがしかし、『土蜘蛛』兵達は熱がる素振りも見せずに攻撃を仕掛けてくる。どう考えてもおかしい。
『土蜘蛛』兵には熱さや火傷を恐れずに済む秘密がある? まさか。
(ああ、くそ。俊信がこんな時に使えないんだから!)
心中で友の不甲斐なさを罵りつつも、智紀は迫りくる敵と切り結んでいく。もはや穢れなど気にしてはいられないと、彼は全身に敵の血を浴びながら敵を討ち続けた。
「ひゃっはぁ! 無駄無駄! お前らは俺達か、そうでなきゃ火に身を焼かれる運命なのよ!」
そんな時だった。
「その声、香さんだな!」
「ああ、そうさ。もう後戻りできねえ香様よ」
「お前が指揮を執ってるんだな。こいつらを下がらせろ!」
「無理だ。俺様はもう『土蜘蛛』側だ。お前らの敵なんだよ!」
「ふざけるな!」
「お前が詠子様を連れ去って、千古とかいう『偽のかぐや姫』に惑わされなきゃ、僕らはこんな目に遭わずに済んだんだ!」
「そうはならねえ。どっちみち
「最後?」
一瞬の油断が死に直結する危険な形勢の中で、智紀は香との舌戦を繰り広げる。
「そうさ。庫持不死男様は紛れもねえ八島の皇族。それも『かぐや姫に求婚を申し込んで、蓬莱山に旅立った庫持皇子』。史書によっちゃ
それだけじゃねえ。他の求婚者二人もなあ、実は『かぐや姫が結婚条件として提示した持参物』を探り当てていたのよ。『仏の御石でできた鉢』と『火鼠の皮衣』をな」
「嘘だ! だって『竹取物語』には」
「『誰も目当ての品を見つけられず、三人とも悲惨な末路を迎えた』だろ? でも、それが捏造だとしたら?」
「!?」
「そうさ、全ては
いいか、この戦はな。その息子
目当ての品を探し当てて持ち帰ろうとしてた三人の求婚者が、自分達のいない間に『かぐや姫』を我が物にしようと企んだ帝の子孫への、時を超えた復讐さ!」
真実を暴露しつつ、香は馬上からの一撃を振るう。刃が智紀の左肩を裂く。傷口から
「ああっ!」
「そいで、俺様はその三人の求婚者の唯一の生き残りであらせられる
この『
馬に右旋回をさせつつ、香はすれ違いざまに智紀へと
「そして、俺や『土蜘蛛』の下っ端どもが羽織る火鼠の皮衣――右大臣
火鼠の皮衣は着用者を火から守ってくれんだ! だから、こうやって火の中にいても平気ってわけよ!
ところでよお。お前に聞きてえことがあんだ。教えろよ。俊信の野郎はどこだ?」
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