桜子、世界を救う作戦を思いつく
水を吸った
「
『ここは、えーと……
「チヌノヌマ?」
『あれ? 聞いてない? アルテミスさんがこちらにあなたを、と伝えられたんだけど。詳しい事情は本人が知ってるはずだからとも言ってたぞ』
はて? そんなことあったかしら?
桜子は思い返してみた。アルテミスと交わした会話の内容を、時を巻き戻すように遡って。
確か、私に課せられた使命は……そうだ、『土蜘蛛』の王の座す王城に潜入すること。
詳しい理由は教えてくれなかったけれど、そこに行けば後はなんとかするって言ってたような。
うん、そうだ、アルテミス様はそう言ってた。
あと、何かまだ重要なことを教えてくれて気が……。思い出した。一番忘れちゃいけないことがあった。
私がそこに辿り着けないと、八島が滅ぶって!
『土蜘蛛』の王は帝のいる都どころか、八島そのものを憎んでて、復讐のために生きてる人で……。とにかく放っておいたら、俊信様と智紀様の故郷がなくなっちゃうんだった。
私って馬鹿だな。どうして大切なことを忘れちゃってたんだろ。
もしかして……恋してたから?
正直、否定できないな。だって、歌詠みを終えた時から、私は「イピゲネイア」じゃなくて「吾妻桜子」になってたもの。
それに、海に身を投げる直前に見た蛍姫の墓碑にも、こう書いてあった。
『
この墓碑は多分、
だって、『愛しの我が妻よ』って蛍姫に呼び掛けてるんだもの。
……私を『愛しの我が妻』って呼んでくれるのは誰だろう?
海に身を投げる直前までそんなことを考えてた。
やっぱり私は本当の目的を忘れてたんだ。
しっかりしなきゃ、私。今この時も俊信様や智紀様が戦ってるんだよ!
長い自省が終わると、桜子は自分の頬をパンと叩いた。恋する乙女が、世界を救う宿命を担う女の顔になった瞬間だ。
『お、気合入れた? じゃ、俺の役目は終わりだ。海に戻っていい?』
「はい、ありがとうございます。
『ん?』
「もう人身御供を求めないでくださいね」
『ああ、約束する。じゃあな』
「私が頑張らなくちゃ! いつまでものろけていられない!」
「おうい、そこの娘さん。どうなすった?」
桜子の宣言を聞きつけた農民とおぼしき男が、
「あ、すいません。お尋ねしてもよろしいですか」
「ええぞ」
「泡田津のお城に行きたいんです。道を教えてくれませんか?」
「あ、泡田津の城さ行きてえのかいな!? あの、悪い殿様のとこさ?」
「わ、悪い王様……」
「知らねのか? じゃ、ここら辺の人じゃねえんだな。娘さん、あんたは。
あの殿様はな、大昔にここいらの浜辺に乗り込んできてさ。『蓬莱山の玉の枝を探しに来た。教えてくれ。結婚に必要な品なのだ』つって触れ回って人々に探させたんだ。
そいでな、そいつが見つかったまでは良かったんだげどよ。急に『この近くに城と町を建てて、少しずつ富を蓄えてからいつの日かあの裏切り者の親父の首を刎ねてやる』って言い出して、泡田津にでっけえ壁で囲んだ都市つくってさ。そのまま居ついちまったんだ。それも今年で即位二五〇年だ。
二五〇年だぞ? とても人が生きられる年じゃねえ。ありゃ間違いねえ。化け物か怨霊の類だわさ」
村人の男性の話が真実だとすれば、その『土蜘蛛』の王は人の常識が通用しない人物なのかもしれない、と桜子は思った。
ミシミシミシ。
その時、桜子の耳に何かが運ばれていく音が聞こえてきた。
「おう、今から
「そうさ。泡田津の酪農家さんがよ、牛に食わせる
たくっ、荷車に運んでも数日かかるってのによ。まあ、嘆いたって仕方ねえし、後で楽できるように今から藁を積んでるって訳よ」
荷車を
「うわっ!
藁束に紛れ込んでいた鼠が、ふいに飛び出した。それを見ていた桜子は、ある作戦をひらめく。
「あの、この荷車にどのぐらいの藁を積むのか教えてくれませんか?」
「え? そうだな、一回で乗せられるだけの量を目一杯さ。何度も往復すんのは面倒だからよ。それがどうしたんだい?」
「実は頼みたいことがあるんです」
桜子は、無理を承知でその男に奇妙なお願いをした。それを聞かされた男が怪訝そうにする。
「娘さん。あんた一体何を企んでるんだい?」
男の問いに、桜子は堂々と答えた。
「世界を救うための潜入作戦よ!」
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