第七章 戦争の開始、展開、そして……死

浜辺での戦闘、談笑、不穏な知らせ

 黒船の舳先へさきが海岸線に乗り上げる。


「かかれっ!!」


 徒立戦かちだちいくさに適した胴丸鎧――白絲縅しろいとおどしが施された武具を身に帯びる武者が、いの一番に船から浜辺に降り立つ。


 それが開戦の狼煙のろしとなった。


「放てっ!」


 船から降り立つ男達目掛け、矢が雨のように降り注ぐ。


「上を見るな! 駆けろ!」


 一番乗りで敵に駆けた総大将の関俊信が、背後の兵士達に下知しつつ走る。浜辺の砂に足を取られぬよう最大限の用心をしながら。


「あっ!」


 背後から男の悲鳴が聞こえた。


「うっ」


 次の犠牲者の声があった。そのすぐ後には、誰かが倒れる音がした。


「ぐふっ」


 断末魔の悲鳴が戦場に木霊する。

 それはまるで死者が奏でる合唱。

 死んでいく者達が異口同音に叫んで息絶えていく。

 父や母、息子や娘、祖父や祖母の名を、彼らは死に際に呟き散っていくのだ。


「まだだ。白兵戦に持ち込めれば!」


 敵の矢玉は尽きない。こちらは負傷者が増えていくばかり。戦況は明らかにこちらが不利だと俊信が悟る。


 だが、それも永遠には続かないとも彼は考えてもいた。


「俊信殿。先走り過ぎですぞ!」


 続々と浜辺に上陸する八島国の軍船。その中には護国大将軍大友隆資おおとものたかすけが座乗するそれも含まれていた。彼は大急ぎで俊信を制止しようと努める。


「いえ、『兵は神速を尊ぶ』と言います。我が隊はこのまま突っ切る!」


 実は、俊信が座乗する黒船は他の船を後方に置き去りにしたために上陸時に集中砲火を浴びていた。たった一艘いっそうで敵陣に突っ込めばこうなるのも無理からぬこと。


 まだ若いが故の未熟が、逸る気持ちがそうさせたのかは分からない。


「ひるむな! 進め、進むんだ!」


 ただ、こと戦争においては、俊信のやり方が功を奏する場合があったりするものだ。


「ひい!」

「あの武者の野郎、矢を浴びても気にせず突っ込んでくる!」


 純白の胴丸鎧には無数の矢が刺さっていたが、それでも俊信はひるまずに浜辺を登っていく。矢玉のどれもが致命傷を与えるには至らず、却って彼の闘争心に火を付けるだけとなった。


「どけ!」

「ぎゃあっ!」


 遂に『土蜘蛛』守備隊に犠牲者が出た。俊信の持つ『稲薙剣いななぎのつるぎの一振りで命を奪われた彼が、一滴の血を流すことなく砂地に倒れ伏す。


「血が出ねえだと!?」

「んな馬鹿な!?」


 驚きの見せていた敵二名も、次の瞬間には魂が肉体から抜けていった。残されたのは物言わぬむくろが二つ。


「し、死にたくねえ!」


 敵兵三名が俊信の手で屠られたのをすぐ側で目撃した『土蜘蛛』の兵士の一人が、情けない声とともに弓を捨てて逃げ出した。


 この瞬間、勝敗は決した。


「敵が背中を見せたぞ!」

「あっしらでも逃げる敵ならやれるはずさ!」


 仲間の死体を飛び越えて、俊信麾下きかの兵達が我先にと突き進む。綴牛皮てごひと呼ばれる革製の鎧兜を帯びる一団が群れ立つ様は、さながら浜辺に打ち寄せた怒涛どとうのよう。


 そこから先は一方的な展開となった。


 押し寄せる船団から上陸してくる兵達は、俊信麾下きかの兵達の勇猛ぶりに後押しされ、我先にと敵に打ちかかっていく。


 戦が始まったのは午の刻正午頃。終わったのは日没前の申の刻午後五時頃


 浜辺から太刀の音が消え、人々の興奮も収まった頃には、浜辺は『土蜘蛛』兵の死骸が山と積みあがっていた。


 前哨戦は、八島の軍が勝利を収めることとなった。



 浜辺での戦が終結したその日の夜、八島の兵士達は荷下ろしに励んでいた。


「腰が痛くなってきたぜ」

「しょうがねえだろ、一万人分の乾飯ほしいいを降ろしてんだぞ? 短時間で済むもんかいな」

「そうそう、簡単にゃ終わらねえっての」


 緊張の糸が切れたように、荷運びをしながら談笑する男達。


「あれ? 閣下、どうなされ――」


 その輪の中に俊信が入ってくると、何も言わずに彼らの作業を手伝い始めた。本来なら一兵卒や非戦闘員の水夫かこがやるはずの作業だというのにだ。


「人手は一人でも多い方が手早く終わる。ほれ、腰が辛いのだろ? 一つか二つ、私に任せなさい」


 俊信の言葉に従い、腰を痛めていた男が彼に米俵を二つ、二回に分けて手渡す。すると、俊信はそれを一つずつ軽々と持ち上げて指定の場所に難なく届けてしまう。


「さすが、武者様だなぁ。一俵六十kgをまるで赤子を抱きかかえるみたいに担いで、そのまま苦も無く運んじまった」

「もう、全部任せちまおうか」

「おい、聞こえてるぞ」


 俊信が米俵を運び終えて戻ってくると、男達の会話をたしなめる。


「じょ、冗談でさぁ。閣下様」

「ならいいが。他人に丸投げして自分ばかりが楽をしようとは思うな」

「あ、あの。閣下。一つ、いいっすか」


 俊信が男を注意していると、別の男が彼に田舎言葉で尋ねてきた。


「何だ?」


 男に応対しつつ、俊信は次に運ぶ米俵に手をかける。


「あ、あの……。機嫌を損ねるかもしれやせんが、どうか斬り捨てないでくださえ」

「私は味方を斬らない。約束する」

「じゃ、じゃあ、生贄になった娘っ子さんのことを愛してたんすか」


 俊信の手がピタリと止まり、次の瞬間には質問してきた男の方に目を移す。


「桜子のことか」

「そんな名前っしたかねぇ? うちの住む田舎では『かぐや』様って聞かされたんだがなぁ」

「んだんだ。あっしの村も『かぐや』様って名前の嬢ちゃんが降り立ったっつうは話聞かされたぜ。ほれ、昨年の九月半ばのことよ」

「だったような。うん、多分そうだ。その日の夜におっきな光があって、そしたら『かぐや』様がまた降ってきたぞ!』って村長が広めてくれてさ」

「君たち」

「あ、すんません。二人で盛り上がっちまいやした」


 田舎者とはこうもマイペースなのかと俊信は心中で思ったが、彼らには悪気がある訳でないことも分かっていたので、それを咎めようとはしないでおいた。


 俊信を含めた三人の男が、黒船の側に横たえられた杉の幹――座席としての用途で置かれたそれに腰かけると、座談を始めた、


「で、どうなんすか? 閣下」

「愛していたよ。いや、今でも愛している」

「そうでしたか。そりゃ、申し訳ねえことしただ」

「ん?」

「いくら海神様を鎮めるためとはいえ、愛する娘っ子さんが犠牲に……そのおかげで、あっしらはこうして浜辺で夕餉ゆうげを腹さ入れられるわけでさ」

「んだんだ。あの嬢ちゃんが海神のために身捧げながったら今頃、うちらは海の底さ旅だっちまってただろうよ」

「……そうだな」

「あ、すんません。また失礼なことを」

「いや、いい。怒っているわけではない」

「そっすか。じゃ、じゃあ、もっと聞かせてくれやせんか」

「?」

「その『かぐや』様はどんなものが好きだったか。


 例えば、花とか、色とか、食べ物とか。


 閣下が愛してくれた『かぐや』様がどんな趣味の人だったか、あっしらに教えてくだせえ。


 もし、故郷に戻れたら、『かぐや』様が好きな物を供えてえんでさ」


 俊信は思った。この男が、自分が愛した女性――彼にとっては大した馴染みもない人を手厚く葬ってくれるなんて、と。


「ありがとう、君たちの言葉を、きっと桜――『かぐや』様も喜んでいると思うよ。私も嬉しく思っている」


 その後、俊信は『かぐや』様こと桜子の好きなものを、男たちに伝えてやった。


 彼女は、桜を見て眼を輝かせていたとか、色は山吹を好んでいたとか、満月の日に自宅に突如やってきたかと思えば「お団子、一緒に食べましょう!」と誘われたことが多々あったから団子が好物ではないか、とか。


「そうっすか。ありがとうございやす。あと」

「ん?」

「『かぐや』様について話してる時の閣下、とっても嬉しそうな顔してやしたよ。心の底から『かぐや』様が好きだったんすね」


 男に指摘されて、俊信はやっと気付く。自分の顔が、気持ちが明るくなっていることに。


 桜子が、自分にとっての太陽となっていたことに。


(桜子さん。あなたの犠牲は無駄にはしません。必ず生きて帰り、あなたを弔います。どうか海の底で見守っていてください)


「閣下、ちょっと」


 談笑で場が和やかになっていた時、俊信に急用を告げる使いがやってきた。


「どうした?」

「右大じ――将軍閣下が、敵の城に単身向かいました!」


 この知らせには俊信も驚かざるを得なかった。隆資の意図がさっぱり読めなかったからだ。


 交渉のため? 

 いや、なら私も連れていくはずだ。

 では、何のために……。


 俊信の疑念に答えは出なかった。

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