第四章 東からの脅威、敵の名は『土蜘蛛』
大友隆資の日記『南右記』 長安十一年の条 その三
検非違使からの調査報告によると、南西から吹いた風により左京区の一条大路と二条大路の間の住宅が壊滅しているとのことだった。
また、その辺りは皇族や公卿の私領が集中した地域だったので、地方からの寄進物などが灰燼に帰したことを嘆く公卿や皇族の姿が見られた。
今はそんなことも嘆いている状況ではないというのに。
長安十年の大晦日に実施される予定であった
それよりも優先すべきは都の一刻も早い再興、民の
都の復興は、当初の予定では長安十一年三月
また、民への課税も長安十一年九月まで取りやめとされた。このような状況での税の取り立ては却って民心を無用に乱すに過ぎないとの意見が、
ただし、これにより各国からの徴兵された民に充てる給与への懸念が
確かに先例は重んじなければならない。
しかし、それを重んじ過ぎれば
もし、このような非常事態に我々公卿が身を切ってでも国を守る気概を見せないのなら、民は
私と
以前は肉欲に耽り、女遊びを非難されること度々の帝であったが、此度の大火を受けて「これは朕の行いに対する報いである」と捉えたようで、長安十一年に入ってからは政務に積極的な姿勢を見せている。
帝はまだ若い。若いが故に自分を律することができず、欲に溺れてしまうことは珍しいことではない。
私も若い頃は酒を浴びるように飲み、多くの女の家で「垣間見」をし、相手を落とすための恋文を未明までひねり出そうとし、明くる日の政務に支障をきたしたことがあった。
そう、誰にでもある過ちである。
誰かがそうであったとしても特段恥じるべき悪癖でもない。
それに若いうちに修正できるものだから、周りの者がそれを指摘し、正しい方向に導いてやれれば良いのである。
しかし、それを指摘する者がいなかったり、指摘された本人が己を省みようとしない場合、本人のみならず周りの者にも大きな損害をもたらすことがあることには留意しなければならない。
此度の大火を主導した
彼に対しては各国の
その後、都を飛んで逃げた千古という女とともに海を飛び越えて、そのまま『土蜘蛛』が支配する東国へと逃れた、との情報が長安十一年一月
千古という名の女が
ただ、私は一方で信じたくないとも思っている。
千古という女が、本当は私が都の西にある洞窟に遺棄した我が娘でないかと思えて仕方がない。
彼女を間近で見た
我が娘にも同様の痣があった。まさか、そんなはずは。
娘は生まれて三ヶ月で遺棄された。
それからたった半年で妙齢にまで成長するはずがない。あり得ない。
だが、彼女について調べないわけにもいくまい。
私は去る二月一一日に開かれた列見(れけん:六位以下の役人の昇進を決める儀式)にて、僧兵襲撃事件で大きな功績を挙げた
その少し前、『土蜘蛛』が
何の因果であろうか。十年前に都を襲った『土蜘蛛』と戦い、命と引き換えに八島国を救った
だが、彼は実力こそ本物であるが外征の経験は皆無。また、体の傷も全快したとは言い難い。
そのために「外征に際しては右大臣が
もうすぐ外征軍の出撃である。今は四月一日の
長安十年の年末から十一年の三月晦日までの出来事を思い出し、それを一気に記したことで頭がくらくらしている。そろそろ筆を置きたいと思う。
長安十一年四月一日
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