第三章 脅威の接近と友の裏切り
大友隆資の日記『南右記』 長安十年の条 その二
長安十年十一月の
都は不穏な情勢である。それは今こうして日記に記している通りで、明るい見通しはない。
だが、私は右大臣と右大将、そして検非違使別当という重職を兼ねる立場上、ここにその詳細を記す。
安寧寺の別当にして元親王の恒宮様は、帝と左大臣(孝則)の御配慮もあり、私領の没収と
決定は十一月三十日に伝えられ、彼は異議を唱えることなく私領を朝廷に譲渡。そして、配流先の
彼を見送った際の、私の胸中は複雑だったことをおぼえている。
「私はお前たちを今も恨んでいる。この恨み晴らさでおくべきか」
という思いが、彼の目から発せられていたのを感じ取ったから。
このように感じたのは私だけではない。左大臣も同様だったらしい。
ただ、私が彼に恐れを抱いていただけなのに対して、左大臣は何かさらに別の思いに憑りつかれていたみたいであったが。
何か
それを書き連ねるだけで貴重な紙を浪費してしまいかねないから。
それだけ左大臣の横暴は数知れずということである。
従者の狼藉、身内
ああ、書かないと先に記しておいて結局その一例を書いてしまった。紙と墨を無駄にしてしまった。
また、此度の襲撃事件に際して検非違使に意図的な職務
だが、帝は了承なされなかった。左大臣の口添えがあったと思われる。私と行経卿への嫌がらせをするためなら、左大臣は国政を乱すことに毛ほども罪悪感を感じぬお方であるから。
左大臣の父であらせられる
嫡男だからという理由で何の実績もない孝則を、元服後すぐに公卿に取り立てるなどあってはならないことであったのだ。
あの時、私も含め公卿はそのような人事に反対を唱えたが、帝は「良きに計らえ」と左大臣(孝長)に告げただけで清涼殿の
きっと「お楽しみ」を満喫していたのであろう。太陽がまだ空に留まる昼間から。
いかん。ここまで朝廷に対する不満を述べることに終始してしまっている。
今は緊迫した情勢である。優先すべきは都に迫る危機的状況に対する前後策を議して帝に上奏することにあり、愚痴を記して溜飲を下げることではない。
最後に紙の片隅に重要な事を記して、筆を置きたいと思う。
都の西で不思議な女子が目撃されたという。
彼女を見た
この女子の出現はここ最近のことらしい。その証拠に、被害を訴える人妻達の報告が取り沙汰され始めたのは十月に入ってからのことで、それ以前には被害報告がなかった。
ところで、先の襲撃を企図した安寧寺の信徒が急激に増え出し、そして武装集団になり果てた時期と、この女子が現れた時期が一致しているが偶然であろうか。そうは思えない。
この女子も調査しなければなるまい。
長安十年十二月二八日
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