颯爽と現れた可愛い救世主

 予期せぬ正義の味方の登場にゴロツキ男はイピゲネイアから手を離し、声のした方に目を向ける。


 立っていたのは、上は緑の水干すいかんに下はくるぶしまで覆う長さのはかま姿の小柄な人物。服装は男だが、髪は少女のようなおかっぱというのがなんともアンバランスだ。


 大学寮から出てきたので学生がくしょうに間違いないが、女の入学が許されていない教育機関から少女が姿を見せるのはおかしい。はて?


「ああん? なんだいチビの嬢ちゃん。おじ様たちのやってることに口出しなんかしてないで、とっととパパのとこへ帰んな。


 じゃねえと、嬢ちゃんも『お楽しみ』の一人に加えてやるぞお? 


 どうだ、小便ちびる前にお家に帰った方が身のためだぜえ?」


 下品な笑いとともに、ゴロツキ男は言い放つ。彼の言葉に合わせて、周囲に立つ彼の仲間たちも学生がくしょうに詰め寄っていく。


「できるもんならやってみてよ。図体だけおっきくて肝っ玉は小さいおじさんとそのお友達さん」


 だが、乙女を助けようと現れた学生がくしょうは微塵も怖気づく様子はなく、それどころかゴロツキどもを挑発するような言葉を言ってのけた。


 生意気な態度を見せた学生がくしょうに、ゴロツキ男は我慢ならなかった。


「おい、こいつを捻り潰せ!!」


 ゴロツキ男の命令に「おうっ!」という何重もの応答があってから、彼の仲間たちはくだん学生がくしょうを取り囲んだ。


「ガタイの良い大人がひい、ふう、みい……。十人も揃って一人をとっちめるの? 情けないと思わないんだ? へえ」


 学生がくしょうの挑発は止まらない。今度は下知を受けたゴロツキの仲間たちに侮蔑の目を向けつつ軽口を叩いてみせる。


「んだと、てめえ!」

「容赦すんな。足ガクガクになるまで遊んでやろうぜ!」


 威勢の良い声を合図に、男十人が一人の学生がくしょうに掴み掛かろうとする。イピゲネイアは心中で申し訳なさを感じていた。


(ごめんなさい。私のせいで)


 だが、それから間もなく彼女は驚きの光景を目にすることとなった。


「んだよ、こいつ。掴めねえ!」

「早すぎるぜ、このチビ!」


 軽い身のこなしで、学生がくしょうは迫りくるゴロツキどもの攻めを難なくいなしていく。


「そこ! 隙だらけだよ」

「グヘッ」


 そして、大振りな右ストレートを食らわせようと迫るゴロツキの一人が胸に一撃を受けて地面に伸びてしまうと形勢は逆転。


 学生による反撃が展開された。


 ある者は学生がくしょうの足を掴みひっくり返そうとするも、それを見越した彼が体を屈めるとその勢いのまま地面に顔を打ち付けて失神する。


 また、ある者は学生の袖を掴み投げようと試みるも、今度は彼が体を反らしたために思わず転びそうになる。学生がその隙を突き、その男がこちらを向いた瞬間に肘討ちを浴びせると、相手は左頬に痛みを感じると同時に地面に突っ伏してしまう。


 さらにある者は、遂に腰に下げた太刀を抜くと学生目掛けて斬りかかろうと走ってきた。「血に触れればけがれる」という風習がある八島において、帯刀者は簡単に太刀を抜くようなことはそうそうないというのにだ。そんなことが頭から吹き飛ぶぐらい、そのゴロツキは怒り狂っていたことになる。


「死ねやあ!!」


 陽光の反射で輝く太刀の一撃。それは学生がくしょうの右首筋に向かって一直線に放たれた。普通の人間なら恐怖の余り竦みあがって回避など考えられなくなるだろう。


 だが、学生はどこまでも冷静な素振りを崩さない。


「おじさん。大学寮で学ぶ学生がみんなガリ勉だと思ってない?」


 そう言うと学生は目にも止まらぬ速さで腰に吊り下げた太刀を抜き、正面に構えた。


の方がおじさんより太刀を上手く扱えるんだ。ほら」


 そして、迫りくる頭上からの振り下ろしを自らが持つ太刀ので受け流し、次の瞬間には学生の方が太刀をゴロツキの右脇腹に当てていた。


「ひ、ひい……」


 軽く触れただけでゴロツキの着ていた白張はくちょうの一部が赤く滲んでいた。痛みを感じるとともに、彼の唇もわなわなと震えが止まらなくなる。


「あ、ごめんなさい。少し切ってしまいました」


 対して学生はどこまでも涼やかだ。彼は勝負が付いたと分かると太刀をさやに収めると、最後にイピゲネイアを襲う予定だったゴロツキの親分――先ほどまでの威勢はどこへやらといった様子の彼のもとへと静かに歩み寄る。


「お嬢さんからすぐに離れてください。あと、この度のことは後日官庁の高官に報告するので覚悟するように」


 にこやかな表情の中に底知れぬ怒りを感じ取ったゴロツキの親分は、満足に力の入らぬ足をどうにか動かすと、仲間たちと一緒に退散していった。伸びている子分どもを分担して担ぎつつ。


「へ、へんだ! 学生がくしょう風情がお上に報告したってな。検非違使別当けびいしべっとう様が上表してくださらねえさ! だって、俺たちの主はみまさ――」

「親分! 急ぎましょうや!」


 捨て台詞さえ最後まで言うこともできず、ゴロツキの親分は子分に引っ張られていった。それを確信してからイピゲネイアはようやく深く息を吐いた。


「お怪我はありませんか」


 先ほどの学生が腰をかがめてイピゲネイアの手を取ると、彼女をゆっくりと立ち上がらせた。そして、外傷がないか目でチェックをする。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、男として当然のことをしたまでですよ」

「え、お、男の方?」


 イピゲネイアが不思議そうな目で自分を見つめているのを感じ取り、学生は彼女を真っすぐ見据えて自己紹介をする。先ほどまでの勇敢さが嘘であるかのような、明るい笑顔を作って。


「申し遅れました。稗田智紀ひえだのとものりといいます。あなたが俊信が言ってた『かぐや姫』ですね。だって、彼が伝えてくれた特徴が全て当てはまっていますから! どうぞ、よろしく!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る