覗く『奴ら』は愚者見て嗤う
檻墓戊辰
1章:池の底①
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』。さて、先に深淵を覗いたのは果たして……こちら側なのか、それとも『奴ら』か?
1章:池の底
1
じゃあ、記録がてら、僕が写真撮っておきますよ……
「宿禰(すくね)ちゃんよ。一五三を山に真っすぐ進んだ先にあるホタル池って知ってる?」
文芸サークルの部室でスマホをいじっていた俺に、雑誌を読む手を止めて逆藤(さかふじ)先輩は訊ねてくる。
『一五三』とは国道の数字のことだ。俺らの通うド田舎の大学付近を通る主要道路で、一方に進めば街へと出れるが、反対側を進めば深い山道へと繋がる。途中に紅葉で有名な観光地があり、時期が時期ならかなりの交通量だが、そこより先はあまり車通りのない道だ。
「ああ、ホタルが飛んでるっていうデートスポットですよね。自分、彼女もいませんし、クソ遠いので行ったことはないですけど、聞いたことくらいはありますよ」
山道をさらに奥へと進んだ先に現れる池。正式名称があるらしいが、大学生の間ではホタル池で通っている。デートスポットと言っても、ただの野生のホタルが生息する広い池だ。自然保護のためか、外灯なども少なく、夜間に行くのは危険だと学生課などからの通知が来たこともある。
「逆藤さんも女人禁制を自らに課してますから、関係ないでしょ」
「そうなんだよ。俺は彼女を作れないんじゃなくて、作らないんだ……って、ほっとけよ」
後輩からのいじりにも、軽く笑って返す逆藤先輩。
俺よりも一学年上の三年生だが、留年しているとかで年齢的には二つ上になる。ただ親しみやすい性格もあり、同級生や自分も含めた後輩からも気軽に話しかけられている。
「あそこって、結構いわくがあるんだよ」
ニヤリと含みを持たす笑顔を見せる逆藤先輩に、俺は若干の物憂いな気分になる。
「あんまり知られてないけど、ホタル池周辺って事故や事件が多いんだよ。道を外れて車やバイクごと池に落ちたり、身投げする人がいるんだとか」
「そうなんですか。聞いたことないですけどね。まぁ、結構な山道ですからね。暗いですし、周りに民家もないですし」
「でな。水草とかもかなり生えてるみたいで、池に入った車や人は二度と上がってこないらしい」
「物騒ですね」
話を合わせるが、キラキラさせる逆藤先輩の目を見れば、続きの展開が想像できる。恐らく「ここからがオカルトなんだ」と続くはずだ。
「そうなんだが、ここからがオカルトなんだよ!」
ほら、やっぱりな。
この人はオカルトの類が大好物な人間だ。好きが高じて、サークルの一部の人間で細々と受け継がれているオカルト新聞『怪覧板』なるサイトで、記事を書いて不定期だが更新している。
対する俺は、オカルトの類は少し苦手なのだが……そんなあからさまな忌避の雰囲気にも気付かないのか、もしくは気付いてて無視しているのか。逆藤先輩は構わずに続ける。
「俺の情報源によるとだな。あるカップルの車が、山道脇のガードレールを突き破ってホタル池に落ちる事故があったわけよ。でもその道はカーブとかじゃなくて直線。ハンドルを切る必要がないわけさ」
「山道ですから、動物が飛び出したりしたらハンドルを切りますけどね」
俺の指摘に、先輩はチッチッチと人差し指を振って芝居じみた態度を取る。
「その車は、ブレーキを踏んだ様子もないわけ。さも、道が続いてる感じに進んでるのよ」
「なら、居眠りとかですかね」
「宿禰ちゃん。そう思うだろ? ただそうじゃないんだな。実はこの事故で彼女さんだけは助かってるんだ。池に落ちる前に車外に投げ出されたみたいでね」
ここで言葉を切り、視線を右上に向けて「えーっと」と思い出しながら続ける。
「その彼女さんの証言によるとだ。車の周りにホタルが飛び回っていたので、彼氏とはずっとその話をしており居眠りはしてない。そして、動物が飛び出してきたこともないとのことだ。ただ、いきなり何かに引き寄せられたように、車が進行方向を変えたらしい」
「まぁ、運転ミスで処理されたようだが」と話を締めくくるが、先輩は『何か』の部分をやけに強調して言った。聞き返してこい、と無言の圧力を感じる。
俺はその圧に負けて、ため息交じりに聞き返す。
「何かに引き寄せられたって、『何に』ですか?」
「俺はホタルが人間を襲ってるんだと思うんだ」
聞いた自分が馬鹿だった。
「何ですか、ホタルが人を襲うって」
「ほら、『三つ目がとおる』のイースター島編で人を襲うホタルが出てくるじゃん」
「読んだことないです」
「手塚治虫だぞ!」
「そんな一般教養みたいに言われても」
身を乗り出して鼻息荒く言われても、読んでないのだから仕方がない。
「まぁ、だからさ。何らかの現象でホタルに引き寄せられてるんじゃないかってことよ」
これ以上関わるとろくなことはない。俺は「へぇ~。それは怖いですね」と感情ゼロで返して話を切り上げようとしたが、もちろんそんなことは許してくれなかった。
「確かめに行こう! 人数集めてさ。今夜。俺、車出すから」
「嫌ですよ。怪覧板のネタ集めなら、独りで行けばいいでしょ」
「あんな山道独りで行くなんて怖すぎるだろ」
オカルト好きだが、ビビりでもある。
そして先輩は「それに」と続ける。
「君と一緒に行った方が、何か起こりそうだしさ」
その言葉に、俺は顔を顰める。
当然、この話を振られた時点で、それが目的であることは理解していた。
俺は霊感や超能力があるわけではないのだが、ある事情があって怪異に遭遇しやすい体質らしい。自覚はなかったが、知人から指摘されて発覚した。
この特異体質のことを、不覚にも飲み会の席で先輩に漏らしてしまった。
「本当に死亡事故とかも起きているんでしょ? オカルト関係なく危険ですよ」
「何事も新しい発見には危険が付き物だろ?」
「その危険に他人を巻き込むなよ! 一人で背負えよ」
「だから、怖いんだよ」
「そんな活動、止めちまえよ!」
「あと、例のオカルトに詳しい友達にも声かけてみてよ」
「話を聞けよ……オカルトに詳しいって、イエシキのことですか? あいつは詳しいって言うか、ただの変人って言うか、モーレツに変人ですね。あと友達じゃないです。知り合いです」
イエシキのことを思い出して俺はゲンナリする。そいつが、俺の特異体質を指摘した知り合いだ。あくまで友人ではなく『知り合い』と言っておく。
「そんな名前だったのか。絶対、読めないよね」
「一度見たら忘れない字ですが、読み方を教えてもらわないと無理ですね」
「まぁ、君の『宿禰』も大概だけどな」
「そうなんですよね。親が日本史好きで、武内宿禰(たけうちのすくね)から取ったらしいですよ」
「誰それ」
「日本書紀とか古事記に出てくる伝説上の人物ですね。五代続けて天皇に仕えたとか。昔は、お札の顔にもなったことがあるみたいですよ」
「聖徳太子みたいな?」
「そうですね。もっと昔のお札みたいですけど」
「へぇ~」とあまり興味のなさそうな答えが返ってくる。
そして、逸れた話題に戻ってくる。
「ともあれさ。そのイエシキちゃんも誘ってみてよ。ああいう変わった子がいた方が面白いからさ。俺も他のメンバー誘ってみるから」
「ええー。あいつ、面倒くさいんですよね……ってか、自分は行くこと確定してるじゃないですか」
「うん」
「頭皮、むしり取るぞ!」
そう言うわけで、俺はホタル池ツアーに参加することになった。
ちなみに、その場でイエシキに誘いのメッセージを送信した所、一言『心得た』と即レスがきた。
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