第13話 嫌がらせ

 魔女イゾルデの進行がはじまって以来、各地で勾留されていた異形達が覚醒し、監獄を破って反乱を起こしているという。召喚されて以来、僕は勇者として毎日のように街の防衛を援護していた。

「まずい! もうもたないぞ!」

 鉛色の空の下、広場の中心に建てられた白い監獄塔の方から声が聞こえる。

「勇者様、お任せを」

「ああ、頼んだソフィア」

 ソフィアが僕を中心に黄色い魔法陣を展開すると、徐々に力がみなぎってくる。全身をミスリルのフルアーマーで固めているというのに、体が驚くほど軽く感じられる。僕はそのまま、底上げしてもらった脚力を使って声の元へと駆け出していく。

 塔に近づくと、その入り口のあたりで一人の神官騎士が熊のように巨大な異骸の前で倒れていた。頭の半分は欠けていたものの、徐々に再生されていく。おそらくは復活を許してしまった個体だろう。周りの四人の騎士達も助け出そうと必死だったが、他の異骸達に行手を阻まれ、彼は今にも喰われそうだった。

 僕はその異骸の懐に飛び込み、突進の勢いに任せて胴体を切り伏せる。その体は真っ二つになり、生暖かい返り血が僕の頬を濡らす。しかし異骸の執念はすさまじく、倒れながらも魔弾を放ってきた。

 僕はそれに反応し、身を横に振って避けようとする。顔に魔弾をかすめながらも剣先を頭に突き刺し、今度こそ完全に沈黙させた。

「大丈夫か?」

「は、はい……ありがとうございます……」

 異骸は体を再生できずに手足をばたつかせていた。断魔の剣、ディスペラの効果が効いているのだろう。

 僕はこの新たな相棒を手に、他の騎士を襲っていた数十体の異骸の首を次々と飛ばしていく。しかし二級以上の強力な異骸の中には頭と胴体を切り離しても襲いかかってくる個体もいるため、念のため結界に封じ込めておく。

「ソフィア、奴らを頼んだ」

「はい」

 ソフィアが詠唱すると、即座に光の壁が展開され、異骸達を閉じ込める。彼女は白魔法士としては申し分ない使い手だった。僕のような近接特化の騎士は後衛の魔法士とペアになるのが戦術における定石となっている。かつての大戦でもフィオの援護に何度も助けられた。

 ソフィアの手際の良さや、結界の色の純粋さはフィオのそれとどこか似ている感じがする。そのせいかどうにも彼女には妙な愛着が沸いていた。

「ふぅ……」

 円柱型の結界に異骸を閉じ込めると、ソフィアは胸に手を当てて息を吐く。

「おつかれさま。連戦だったし、さすがに少し疲れたかい?」

「まだまだ大丈夫です! それより勇者様」

「ん?」

 ソフィアが僕の顔に手を添えて、治癒魔法を施してくれる。すると頬から擦り傷が塞がり、返り血も綺麗さっぱり浄化された。

「……すごいな。治癒と清浄の魔法を並列で発動させるなんて」

「い、いえ! このくらい、大したことないです」

「そっか。さすがだよ」

「あ、あの、他にお怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。おかげさまでね」

「フフフッ、それは良かったです」

 ニッコリと笑うソフィアは僕の頬から一向に手を離そうとしない。

「えーっと、もう治癒は終わったんだよね?」

 そう尋ねると慌てて手を引っ込めながら

「あっ! ああっ! すみません! 勇者様のほっぺた、意外と柔らかいんだなって……あっ、じゃなくて、その……ベタベタしてすみません……」

「いや、全然謝る必要なんてないよ」

「は、はい……」

「よし、これでこの監獄は大丈夫そうだな。一度戻ろうか」

「はい!」

 監獄塔を後にして、ソフィアと一緒に拠点へと帰る。避難勧告が出ていたため、聖堂に続く街の大通りは閑散としていた。僕の後を半歩遅れてソフィアがついてくる。

「あの、勇者さ……じゃなくてウィリアム様」

「ん?」

「つかぬことを伺いますが、ウィリアム様がお仕えしていたフィオナ様とはどのようなお方だったのでしょう?」

「フィオは……そうだな、僕の幼馴染なんだけど、とにかく明るくて活発な子だったよ。それでいて優しくてね、小さい頃は助けられてばっかりだった」

「ウィリアム様がですか?」

「うん。情けないことに昔の僕は引っ込み思案でさ、いじめられっ子だったんだ」

「えっ! そんなにお強いのにですか!?」

「昔は何の力も持ってなかったからね。でもフィオが助けてくれた。あれは七歳の頃だったかな。いじめられている僕を見つけたフィオが馬車から飛び出してきてね、急に魔法で守ってくれたんだ。その上いじめっ子達を結界に閉じ込めて説教まではじめてさ、護衛の人達も付き合わされて大変そうだったよ」

「そんなお歳で結界を使えるなんて……」

「フィオは神託者だったし、何より努力家だったから。まあ僕はそんな彼女の背中に憧れたんだよ。いつの日か、今度は僕がフィオのことを守ってあげたいって思って。それでフィオみたいに必死で努力していたら、気づけば僕も神託を授かっていた。そしてその神託の力で功績を挙げて、フィオの騎士にもしてもらえた」

「なるほど。さすがですね」

「でも結局のところ、フィオを異骸から守りきれなかった。だからこそ、僕は必ず過去に帰って、誓いを果たす。そのためならいくらでも戦ってやる」

 そう言って僕はディスペラに手を添えた。するとソフィアははにかみながら

「フフフッ、フィオナ様のこと、お好きなのですね」

「ま、まあ僕はフィオの騎士だし……敬愛しているよ」

「恋愛ではなくですか?」

「い、いやいや、それは身分的に無理があるって! 言ったろ、僕は平民の出なんだ」

「ふーん、そうですか。なるほどなるほど」

 やけに含みのある『ふーん』だった。

 ソフィアは基本的には控えめな子だけど、こうして急に踏み込んだ質問をしてくることがある。

「それよりソフィアはどうなんだ? 君は何のために戦っている?」

「私は……そうですね、兄が殺されたからでしょうか」

「えっ……」

「私の兄さん、剣技の神託者だったんです。真面目で強くて優しくて、素敵な兄でした。けど魔女との戦いで殉職してしまったそうです。それはもう……凄惨な最期だったとか……」

「……すまない……悪いことを聞いたね」

「大丈夫ですよ。私はもう、兄の死をちゃんと受け入れていますから」

「それじゃあ君の目的は、復讐か?」

「いいえ、それは違います」

「そうなのか? お兄さんのこと、慕っていたのだろう?」

「それはそうですが……今は魔女に罰を与えたいというよりも、どちらかといえばその魔女にただ会ってみたいのです。どんな人が最強と謳われたあの兄を倒したのか。あれほどの信仰を持っていた神託者の兄さんを倒すなんて、それこそよほどの信念を持っているに違いありません」

「なぜだい? 報いを受けて欲しいとか、謝って欲しいとか、そういう気持ちはあるだろう?」

「無いと言ったら嘘になります。けど、それでも復讐を望まないのは、私なりの嫌がらせみたいなものなのかもしれません」

「嫌がらせ?」

「はい。聞けば魔女はジベラールへの何らかの復讐心から戦争をはじめたそうですから、私も復讐心を持ってしまうと魔女と同じになってしまいます。だから私は、復讐とは異なる動機で魔女を倒して、復讐そのものを否定してやりたいのだと思います。まあその異なる動機というのも、うまく見つけられてはいないのですが……」

「そうか。ソフィアみたいな人ばかりだったら、大戦なんて起きなかったのかもな」

「大戦ですか?」

「第三次魔導大戦。聞いたことくらいはあるだろう?」

「はい。人類史における最後の大戦ですよね」

「千年たってもあれが最後だと言われているのなら良かったよ。僕が生まれた時代はまさにその大戦中だったんだ。最初はちょっとした外交上の行き違いでしかなかったらしいんだけど、互いが互いの正義を振りかざしている内に、復讐の応酬を止められなくなってしまった。そして最後は、その復讐心ごと相手国を根絶やしにするしかなくなってしまった」

「平和国ロザリアは、その唯一の戦勝国でしたね」

「ああ、そうさ。その勝利と引き換えに、沢山の血が流れた。僕も沢山殺したよ……」

 気づけば異骸の返り血に塗れた自分の手の平をぼんやりと眺めていた。するとソフィアは何も言わずに僕の手をとり、その汚れを魔法で落としてくれた。

「ソフィア……?」

「私はウィリアム様のその手、好きですよ。確かに人を殺めてきた手なのかもしれません。けど沢山の人々の命を救ってきてくれた手でもあります。もちろん、私の命もです。ですから奪った命の数だけではなく、救った命の数も、ちゃんと数えてあげてください。でなければ不公平です」

 僕の手を握りしめながら、どこか得意げに語る。

「……そうだな。ありがとう。元気出たよ。さすが白魔法士だ」

 僕はその小さな手を握り返す。すると彼女は少し伏し目がちに

「べ、別に魔法なんて使ってませんよ……」

「いいや、これはある意味、魔法だよ」

「そう……ですかね……」

「ああ、そうだよ」

 空が晴れ、雲間から光が差し込むと、ソフィアは顔を上げる。そしてなぜだか穏やかな笑みを浮かべて見せた。

「どうしたの?」

「フフフッ、ウィリアム様、私、決めました」

「ん?」

「私の戦う理由です。私は魔女を倒して、ウィリアム様と一緒にロザリアを救います」

「……どういうことだい?」

「ウィリアム様、元の時代にお戻りになる時は、私も連れて行ってください」

「い、いや、それはだめだ。確かにソフィアが来てくれたら心強いけど、僕の時代の文明レベルでは君をこの時代に送り返すことはできない。だから──」

「いいんです!」

「……」

「それでいいんです! ウィリアム様のお役に立てるのであれば、こんな時代に何も心残りなんてありません。兄さんが死んだ今、私にはもう家族もいませんし、他に親しい人といえば、ウィリアム様くらいなものです」

 その大きな翡翠色の瞳を輝かせながら僕を見上げた。

「……本当にいいのかい? 僕が生きていた時代は──」

「はい! ウィリアム様にお仕えできるのならば、どんなところでも大丈夫です! それが例え地獄ゲヘナであっても!」

「そ、そうか……」

「一緒に救いましょう! ロザリアも! フィオナ様も!」

 やっぱりソフィアの笑顔は、僕に勇気をくれる。確かにこの子と一緒なら、フィオを、みんなを救い出せるかもしれない。

「ソフィア」

 しばらく間を置いてから彼女の名を呼ぶと、肩を飛び上がらせて返事をしてくれた。

「は、はい!」

 きっと勢いに任せて色々な気持ちを伝えてしまったことに、後から気づいて焦っていたのだと思う。こういう素直で実直なところも、実にソフィアらしい。きっとフィオとも良い友になってくれるだろう。

「ありがとう。ソフィアがそばにいてくれるというのなら、この絶望だって切り抜けられる気がする……。一緒に魔女を倒そう。そしてこの国も、ロザリアも、一緒に全部、救ってみせよう」

 そんな僕の呼びかけに、何故だかソフィアの方が救われたかのようにして、元気よく「はい」と、答えてくれた。






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