第12話 御側付
勇者として召喚された僕は、聖堂と併設された城の方へと案内された。大理石でつくられたやけに光沢感のある廊下を進んで行く。廊下の突き当たりにある両開きの扉の前に来ると、ついてきた神官達が二人がかりでそれを開ける。
「勇者ウィリアム様、本日はこちらでお休みください」
「ああ、ありがとう」
「後ほど勇者様の
王室ではないかと思えるくらいに広々とした部屋だった。いくら勇者として召喚されたとはいえ、ここまでもてなされてしまうと逆に落ち着かない。
とはいえ異骸との連戦でかなり体力を消耗していたし、今は体を休めておこう。僕は鎧を脱ぎ、ひとまずベッドに横たわる。目の前に飾られた守護天使ラヴィエルの絵画をぼんやりと眺めていると、扉からノックの音が聞こえてきた。
「勇者様、今よろしいでしょうか?」
透き通った綺麗な声だった。
「はい、どうぞ」
ベッドから起き上がると、白いローブを身に纏った一人の女性が部屋に上がってくる。
「勇者様、先ほどは本当にありがとうございました」
よく見ると彼女はさっき助けてあげた女性だった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はソフィア・イヴァリースと申します。この度は勇者様の御側付の任をいただきました。勇者様の支援をしつつ、身の回りのお世話などもさせていただきますので、よろしくお願いします」
ブラウンの髪に翡翠色の瞳、まだ少し幼さが抜けきらないような可愛らしい子だった。
「君が魔法士の?」
「あ、はい。一応、白魔法士でして、準一級までは修めておりますので、必要な魔法などございましたら何なりとお申し付けください」
「準一級? すごいな。僕とそんなに歳も変わらなさそうなのに」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「勇者様、お食事の準備ができておりますので、ただ今お持ちしますね」
「ありがとう」
お皿を窓際の丸い机へ運ぶと、グラスに手際よくお水を注いでくれた。その間に他の侍女さん達がやってきて、前菜の盛り合わせやチーズなどが次々と運ばれてくる。
最後はミディアムくらいの焼き加減のステーキに、彩りある野菜が添えられたプレートが来た。すると彼女らに向けてソフィアが声をかける。
「こちらもお出しするのでしょうか……」
「はい、そう仰せつかっております」
「そう……ですか……」
「それでは勇者様、お食事楽しんでください。ソフィアさん、くれぐれも勇者様に失礼のないように」
「はい……」
配膳を終えるとソフィア以外はすぐに出て行ってしまった。まあ沢山人がいると落ち着かないのでちょうどいい。
それにしても食事に関してはかなりのボリュームである。ここまで手厚くもてなしてもらわなくても僕は大丈夫なのだけど……。
まじまじと見つめていると
「すみません、お嫌いなものとか、なかったでしょうか……」
「ああ、いや、未来の食事もそこまで変わらないんだなと思ってね。あと申し訳ないんだけど、さすがに全部はお腹に入るか分からないや」
「失礼しました。少し多過ぎましたかね。歴史書によるとウィリアム様は大変健啖な方と記録されていましたので……」
「僕が?」
「ええ。でもやはり記録とは違うようです。歴史書における大英雄ウィリアム様は、恰幅の良い豪傑として描かれておりましたから」
「フフフッ、そうかそうか。それでこんな細身な奴が出てきたらそれは驚くだろうね。がっかりさせてしまっていたら申し訳ない」
「い、いえ! そんな! むしろイメージと違って、とてもお優しい方で、その……大変好ましく思っておりました」
「そうか? それならいいけど……。そうだ、せっかくだしソフィアも食べたらどうだい?」
「そ、そんな、恐れ多いです。私なんかが勇者様と同席させていただく訳には……」
そう言うと彼女の腹が代わりにグーと返事をする。
「なっ!? ──し、失礼しました!」
頬を赤らめながら深々と頭を下げてくる。
「アハハッ、まあほら、座りなよ」
隣の椅子を引いて座るように促した。
「し、しかし……」
「じゃあこうしよう。僕は食べ物を残すのは嫌だから、君に手伝ってもらいたい。これでどうかな?」
「そういうことでしたら……失礼します」
体を小さくしながら、大きめの煌びやかな椅子にちょこんと座る。重ねて置いてあった取り皿を彼女の席に並べると、これまた申し訳なさそうに受け取ってくれた。
前菜を食べ進めていると、ソフィアは何となく僕のペースに合わせてそれらを口にしていく。
「あ、あの……勇者様……」
「ん?」
「えーっと……その……やっぱり何でもないです……」
「そうか?」
「はい……すみません、勇者様」
「ウィル」
「えっ?」
「ウィルでいいよ。僕の呼び方は。貴族の出という訳でもないし、こっちの時代ではまだ何もしていないのに勇者だなんて呼ばれると何だか落ちつかないんだ。それに堅苦しいのは苦手でね」
「い、いえ、そういう訳にはまいりません。私などが勇者様のお名前を気軽に呼ぶなど恐れ多いです。それに失礼のないようにと厳命されておりますから……あ、でも……お気持ちはとても嬉しいです」
「なるほど。まあそう言われているのなら仕方ないか。君が怒られてしまうのも悪いしな」
「で、でも、もし堅い空気がお嫌いということでしたら、その……勇者様さえよければ、せめて二人だけの時は親しみを込めてお名前を呼ばせていただけると……嬉しいです……私は私のことを助けていただいた勇者様のこと、お慕いしていますから……」
照れ隠しなのか、その横紙をくりくりと摘んでいる。
「フフフッ、そうか。ありがとう、ソフィア」
騎士号を授かり、フィオのことを姫様と呼びはじめた頃のことを思い出す。そういえば彼女も、僕が立場を考えて愛称で呼ぶのをやめたことを気にしていた。あの時のフィオも、同じ気持ちだったのだろうか。
野菜を食べ終わり、ステーキを小さくカットしてフォークを差し込む。それを口に運ぼうとすると、ソフィアが勢いよく立ち上がって僕の手首を掴んだ。
「あ、あの!」
「……どうしたの?」
「いえ! そ、その! えーっと、こ、この時代のお肉は食べない方が良いんです!」
「理由を聞いてもいいかい?」
「そ、その……ここでは申し上げられません……。ごめんなさい……こんな答えで……」
僕はゆっくりとフォークを皿に下ろした。
「分かった」
「えっ……」
「ソフィアが僕のためにそう言ってくれてるのは伝わるから、やめておくよ」
「あ、ありがとうございます」
「それで……他を食べようかなと思うんだけど、いいかな?」
そう言うとこれまた慌てて僕の腕から手を離した。
「す、すみません! 何かウィル様の手、思ったよりたくましくて……じゃなくて! えーっと、馴れ馴れしくてすみません!」
「アハハッ、大丈夫だって。ありがとう」
「ど、どうしてお礼を言われるのですか……」
「ああ、いや、実は僕、召喚される直前まで戦っててさ、ずっと気を張っていたんだけど、ソフィアのおかげで何だか少し気が楽になったよ。まだまだ戦いは続くけど、ちょっとだけ一息つけた。だからありがとう」
「そうなのですか……?」
そう言ってきょとんと首を傾げてみせた。
「うん、そうだよ」
「そうですか……そう言っていただけるのでしたら、とても光栄です……」
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