魔女
第11話 勇者
ついに玉座の間まで異骸の群れが進行してきた。ロザリアの姫、フィオナの騎士である僕の使命は、彼女のことをこの命を賭して守ること。
押し寄せてくる敵を斬り伏せながら、彼女の退路を確保しようとする。
しかし不死身の化け物は何度倒そうとも体を再生させて起き上がってくる。こちらの兵達の数は減る一方だが、奴らの数は決して減ることはない。その一方的な消耗戦の中、一人、また一人と兵達は倒れていき、ついに僕が最後の一人になる。
彼女は僕と一緒に戦おうとしてくれているけれど、異骸の数は増えていく一方だ。ここに留まっていては、奴らの牙が彼女に届いてしまうのも時間の問題だった。
これはもう、僕が引き受けるしかない。
自分の使命を示すため、彼女の手をとって、額に当てる。
「僕は君の騎士だから、誓いを守らせてくれ」
「ウィル……」
握ったその手の小指には、木製の指輪がはめられていた。幼い頃に誕生日プレゼントとして贈ったもの。まだこんなものを着けてくれているとは……。
僕の覚悟は決まった。これを見て、たまにでいいから僕のことを思い出してくれさえすれば、もう他に、何もいらない。
「フィオ、ありがとう」
彼女を突き飛ばし、近くにあった石柱を剣で斬り倒す。天井が崩れ、僕と彼女の間に瓦礫の山が積み上がっていく。
「ウィル! だめ! ウィル!」
最後にフィオの顔を目に焼きつけてから、僕は再び異骸の群れに飛び込んだ。命ある限り、奴らを斬り続け、少しでも時間を稼ぐ。何としても、フィオだけは守る。
「ハアッ……ハアッ……」
倒れていた異骸達が体の再生を終え、むくりと起き上がる。
息が上がり、視界がぼやけてくる。頭から垂れてくる血を拭い、剣を構え直そうとした。しかし体は鉛のように重く、僕はその場で両膝をつく。剣を床につき立て、何とか姿勢を保っていたけれど、もう体力は残されていなかった。
「フィオ……どうか……どうか無事でい……」
異骸がゆっくりと僕に迫り、手をかけようとした瞬間、突如として辺りが眩い光で照らされた。僕の足元を中心に巨大な魔法陣が展開され、視界がホワイトアウトする。僕はその場で力尽き、状況を飲み込めないまま倒れ込んでしまった。
ゆっくりと目を開けると、暗がりにゆらめく蝋燭の灯火が見えてくる。それらは仰向けの僕を囲うようにして立てられていた。
高い天井からは、真っ白な八枚の翼を生やした熾天使がこちらに微笑みかけている。
僕は死んだのだろうか。
そう思いながら目を凝らすと、どうやらその天使は巨大な絵画に描かれていたものだった。
どうも様子がおかしい。ゆっくりと体を起こして辺りを見回すと、多くの修道士がこちらを見つめていた。
どうやら僕は、列を成す彼らの前に置かれた祭壇の上にいるようだった。
「……おお、成功だ!」
修道士達がざわつきはじめる。
確か僕は城の防衛のために異骸との戦いに赴いて……だめだ。これ以上は記憶があやふやで思い出せない。
「僕は……いったい……」
頭をおさえて、おぼろげな記憶の像を辿っていると、一人の若い牧師がこちらへ歩いてきた。
金髪と右目の眼帯が特徴的なその男は僕の前まで来ると、胸に手を置き、頭を下げる。
「勇者様、ようこそお越しくださいました」
「勇者……?」
「はい。誠に勝手ながら、あなた様を勇者として、私達の時代に召喚させていただきました」
「召喚だって? 僕を……? 時代って……どういう……」
「今は王歴1012年、勇者様のいらした時代から千年先の未来ということになります」
「なっ!? そんなバカな!」
「いきなり信じろというのも無理な話です。まずはご自身の目で確かめていただくと良いでしょう」
そう言いながら貼り付けたような笑顔を見せてきた。
教会らしきその大きな建物から伸びる塔へと案内される。数人の神官達に囲まれながら長い螺旋階段を登っていき、頂上へ通される。景色を眺めると、塔の下には薄暗い街が広がっていた。民衆の目はどこか虚ろで光がない。建物もあまり手入れがされていないようで屋根が崩れた家や廃屋も多かった。
そんな街並みの先には城壁と、そこに面して張られた巨大な半透明の結界が空間を波打つ水面のように歪めている。そしてその結界のさらに向こう側には崩れかけの古城の影が見えた。
「あれは……ロザリアか……?」
「さようでございます」
「……千年というのは、本当なんだな」
「はい」
「なぜ僕を呼び出した?」
「名高きかの大英雄、ウィリアム・ヴァン・リンベルク様のお力をお借りしたく、お呼び立ていたしました」
「大英雄だって? 随分と買い被られたものだな」
「いえ、そんなことはございません。歴史書によれば、あなた様はかの悪名高きエルムス皇国を単騎で滅ぼし、亜人族の奴隷達を解放なさったと記されております。そのような偉業を成した方を英雄とみなすのはごく自然の成り行きかと」
「確かに皇帝を倒したのは僕だが、それは何重にも重ねがけしてもらった支援魔法と加護があってのことだ。僕一人の功績ではない」
平民の出だった僕は、国から認めてもらうための功績が必要だった。自分の剣の才能を示すために、多少無理もしたけれど、おかげで騎士になることができた。そしてあの子の側にいることを許されて……。
「フィオ……」
気づけばその名を口にしていた。
そうだ。僕はフィオを守るために戦っていたんだ。
「な、なあ! ロザリアはどうなったんだ!? フィオは……フィオナ姫はあの後どうなったんだ!?」
「フィオナ姫とは、フィオナ・ジ・ロザリア様のことですね」
「ああ!」
「歴史書によりますと、王歴4年に発生した異骸によるロザリア進行の際、崩御されたと記録されております」
膝から一気に力が抜け、僕はその場で崩れ落ちた。
「そんな……」
「ですが我々の力があれば、フィオナ姫をその悲劇の運命からお救いすることができるかもしれません」
「……どういうことだ?」
「もし我々にご協力いただけるのでしたら、その暁には勇者様を元の時代へと送り返させていただく所存です。そしてその際はこちらを差し上げます」
その男が部下に合図を送ると、側に控えていた魔法士らしき女性が、白い剣を僕に献上する。それを受け取り、刀身を見つめると、何らかの術式が刻まれていた。
「それは魔を断つ
「それは本当か!?」
僕は提示された希望にすがるようにして立ち上がった。
「ええ。加えて勇者様には召喚の際に様々な加護を付与させていただきました。これによる強化分も考慮すれば奴らも敵ではないでしょう」
「感謝する! それで、僕は何をすればいい!?」
「お話が早くて助かります」
そう言いながら彼は景色の方へと視線を流した。
「現在我々は、かつての平和国ロザリアと同様に異骸による侵攻を受けております。確かに異骸の不死身の再生力は脅威ですが、先にもお話させていただいたように我々は奴らへの様々な対処法を心得ております。考えなしに行進するだけの異骸であれば、ある程度戦えましょう。しかし残念なことに、そんな奴らを統率する者が現れてしまいました」
「統率? 異骸をか?」
「はい。実はつい先日も、この度と同様に召喚の儀をとり行いました。我々の目的は、浄化の力を持つ聖女を呼び出すこと。浄化の力は不死身の異骸を葬ることができる唯一の力です。聖女さえ呼び出すことができれば、人類を異骸の脅威から救い出すことができるはずでした。しかし召喚の儀によって呼び出されたそれは、聖女などではなく、恐ろしい魔女だったのです。名を冒涜の魔女イゾルデ。彼女は異端の術により奴らを従え、異骸の王となりました。そしてあろことか奴らを率い、この国を滅ぼそうとしている……。すでにいくらかの都市は陥落し、多くの市民が犠牲になっております」
「なるほど。それで僕にその魔女を討って欲しいということか」
「まさしく」
「いいだろう。その使命、僕が引き受けよう」
「おお! さようですか!」
「ああ。脅かされている人々を放っておく訳にもいかないしな」
「ありがとうございます。我々も微力ながら、勇者様を支援させていただきます」
胸に手を置き、うやうやしくお辞儀をしてくる。
すると背後から誰かが階段を上がってくる音が聞こえてきた。
「おうおう、エルク。勇者さん、一緒に戦ってくれるって?」
「ああフォルド、戻ってましたか」
振り向くと赤い長髪を揺らしながら歩いてくる神官の姿があった。聖職者のクセになんだか軽薄そうな男だ。
「ふーん、これが勇者さん? 本当に強いの?」
腰を屈め、その真紅の瞳でまじまじと眺めてくる。
「こらフォルド、失礼ですよ」
「はいはい、ごめんなさい」
嗜められると姿勢を戻し、不意にこちらへ人差し指を向けてきた。
「バン」
そう呟いたと思うと、指先に魔法陣が展開され、火球が飛んでくる。僕は剣を抜き、それを打ち払う。弾かれた炎は壁を貫き、曇り空の下で爆発した。
しかしその衝撃で、天井が崩落し、側で控えていた女性の身に危機が迫る。僕は神託の力の一つである神速の歩法を用いて彼女に接近し、その身を抱きかかえ、間一髪のところで救出した。
「大丈夫かい?」
「は、はい! あ、ありがとうございます……勇者様……」
怪我もなさそうだったので、ゆっくりと降ろしてあげた。そしてその男に向けて剣先を向けながら問いかける。
「何のつもりだ」
するとその男は火球を打ち出した手を今度はひらひらとさせながら僕の目を覗き込む。
「うひょー、この距離で防ぐ? その眼、本当に実在したんだ。おとぎ話かと思ってたわー」
若い眼帯の牧師が間に入ってくる。
「全く……フォルド、そうやって人を試すのは君の悪いクセだといつも言っているでしょう?」
「分かってる分かってる。でも勇者さんが本物かどうかは確かめなきゃだろう? 現に西方教会の連中はやばい奴を召喚しちまった訳だし」
「それにしてももっとやり方があるはずですよ。すみません、勇者様」
「いや、構わない。僕も君らの実力は知っておきたかったからね。それにしても中々の展開速度だったよ。ロザリアの魔法士団にも引けを取らないだろう」
「ほうー、光栄だね。あの最強と謳われたかの魔法士さん達と並び立てるとは」
人差し指を突き立て、指先から灯火のような炎を生み出しながらクルクルと回す。
「けど見たところ、君は対人戦の経験はそこまでないだろう? まあ君はというより、この時代の人達はと言った方が正しいのかもしれないけど。みんな異骸の対処ばかりに追われて、人同士が争う余裕なんてなかったんじゃないかな」
「あっ?」
「もしさっきの魔弾を自分の方に弾き返されたら、あんな至近距離では防御魔法を展開する時間もない。あの距離なら弾道系統の魔法ではなく、反射されにくい放射系の魔法にすべきだ。君にその判断ができなかったのは、単純に対人戦の経験不足。ただの異骸との戦闘ならそれで良いだろうけど、相手は魔女なんだろう? おまけに異骸の方も統率されているのなら、なおさら油断は禁物だよ」
「……」
「まあでも、やっぱりあの早撃ちは見事だった。威力も申し分ない。とても頼もしいよ」
そう言いながら僕は握手を求める。
「ハッ、ご忠告どうも。まあ俺はお前なんかに協力はしないからな。俺が先に魔女を倒してやる。違う時代の、ましてや違う国の奴なんかに任せてられるか。俺の庭は俺が守ってやる」
「ああ、分かった。それでいいよ。人々を救えるのなら、誰が倒そうと構いはしない」
「ったく、とことん鼻につく野郎だぜ」
そう言いながら振り返り、階段の方へと戻っていく。
彼は結局、僕の握手には応じてくれなかった。
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