第2話 私の恋の花が咲いた時 後編

「ふぅ……間にあったぁ」


 学校の門限になんとか間に合ったれんは机に突っ伏していた。

 れんの席は窓際の後ろの座席で、隣からつんつんと腕を突かれる。


「大丈夫? れん」

「あ、雫月ちゃん」


 声も透き通っていて透明感がある可憐な少女は悪戯っぽく微笑んだ。

 まるで、リリィハートみたいに華がある隣の席の女の子は野咲学校の校長の孫娘である瑠璃川雫月るりかわしずくちゃん。

 青紫色にも似た銀髪をしているのが特徴的な綺麗な女の子。

 彼女は私が魔法少女だと言うことを知っている親友でもある。

 みんなに気づかれないようにするために雫月ちゃんにはわかる嘘をつく。


「うん、ちょっと寝坊しちゃった」

「……、は大変?」

「あはは、ちょっとね。でも苦じゃないよ」

「そう、でも無理はし過ぎないでね。れんはそうやって無茶する癖があるから」

「……うん、ありがとう」


 親友の優しい言葉に励まされ、れんは窓辺を眺める。

 ぼんやりと、さっきの怪盗レインのことが頭に過った。

 声がどことなく似ているような気もしなくないけど、そこまで世の中は狭くないはず、だよね。

 うん、気のせい、だよね。 



 ♡ ♠ ♧ ♦



 私は、魔法少女が好き。

 だって、とってもキラキラして。眩しくて。尊い物だって感じられるから。

 羨ましくて、憧れて、夢を見て。時には、妬んで、恨んで、憎んで。

 自分という存在には輝いていたのは事実で。だから、ドロドロとした現実から目を背けているだけと言われたら反論もできなくて。

 でも私は怜人さんへの想いが、その時はまだ、尊敬だと感じていた時でもあった。

 最初にカラキティに出会ったのは、一年前の春の学校の帰り際の時だった。


「君、魔法少女になってみないかニャ?」

「魔法少女? ……なんで、浮いてるの?」

「それは、カラキティが女神様の使いだからだニャ!!」


 白い子猫が浮いている突っ込みなんて、きっとできただろうけど咄嗟にはできなくて。

 魔法少女なんて言って声をかけてくる猫の存在は、非現実染みていて。

 理解できないわけではなかった、なぜなら私のいる現実では世界各国に魔法少女という存在は何人かいる、という噂なら聞いたことがあるし、ネットのSNSにも動画なども上がっていたりするからだ。


「も、もし魔法少女になったら、君の憧れの先輩にお近づきになれるかもしれないニャ!」

「……怜人さんに?」

「そう! どうかニャ? イヤかニャ?」


 可愛らしく首を傾げるカラキティに私は胸元に手を当てる。

 もし、私が魔法少女になったら。こんな綺麗と誇れるような見た目じゃない私でも、魔法少女になれたら尊敬する先輩に、声をかけられるだろうか。

 違う自分なら。私じゃない、綺麗な存在なら。

 もし……それが叶うなら。


「……お試しで、魔法少女になれたりする? 受けたら絶対に雇用される、とかじゃなくて」

「だ、大丈夫だニャ! そこらへんはカラキティがなんとかするニャ!」

「――なら、お願い」

「わかったニャ! やったるニャよぉおおおおお!! おおおおおおおおお!!」

「え? わ、っとと……」


 カラキティがコンパクトになり、地面に落ちる前に慌てて手に取った。


『では、コンパクト、フルオープンと言うニャ!!』

「……ちょ、ちょっと恥ずかしい」

『いいから、言うニャ!!』

「……わ、わかった――――コンパクト、フルオープン!!」


 コンパクトをぎゅっと握ると、コンパクトの中身が開かれる。

 気が付けば、光に包まれて自分の体が変わっていく感覚を覚えた。


「――咲き誇る花、リリィハート見参!!」


 気が付けば、自分の恰好が違う物になっているのに気づく。

 綺麗なプラチナブロンドの髪。髪の内側であるインナーカラーがピンク色で現代的な髪だ。ピンクと白のロリータ服は胸元にハート型のピンク色の宝石が施された場所には猫耳ヘアに付けているリボンと少し似たデザインのリボンがある。

 靴下は全体的に合わせるようにレースが入ったハイソックス。

 靴もピンク色のストラップシューズだ。

 って、ちょっと待って。今、自分はリリィハートって言ったような……?


「あ、あのカラキティ、私」

「ほら、今の姿をよく見るニャ! リリィハート!」

「え? わ……っ」


 カラキティから手渡されたコンパクトの鏡に映る自分の顔は、西洋のお人形みたいな顔だった。ぱっちりとした目。青色の瞳。

 自分よりも愛嬌があって愛らしい見た目の少女が鏡越しに存在を理解した。

 ……すごい、私、本当に魔法少女になったんだ。

 自分なんかじゃない、別の誰かになったみたい。


「あ、リリィハートの匂いを嗅ぎつけて、ニルジェーロが集まって来たニャ!」

「え? に、ニルジェーロ? 何、それ――」


 気が付けば、周囲は黒い靄が現れ始める。怪物が通った道が、色が失せていく。

 しかも、黒い靄に一人の男の人が襲われていた。


「ニルジェーロは世界の色を奪い人の夢を奪う悪者ニャ! はやく倒さないと、色が戻らなくなるニャ!!」

「わ、わかった! 倒せばいいんだよね!?」


 リリィハート、と名付けられた魔法少女としてれんはニルジェーロたちへと構えた。私が今まで見てきた魔法少女なら、魔法めいたものを使えるはず。

 私は気が付けば、自然と口にしていた。


「咲き乱れて! ホワイトベール!」

『ぎ、ギギィ……!』


 杖の先から緑の蔓が伸び、ニルジェーロを拘束する。蔓から白い百合の花が咲くとニルジェーロが悲鳴を上げる。

 白い砂となって、ニルジェーロは消えた。

 よし、倒せた! 後はもう、いなーー!

 

「うわ!!」

「っ、え?」

「あぶないニャ! リリィハート、あの男の子を助けるニャ!」


 背後にまだニルジェーロがいた。

 そこには青色のブレザーが着た男性がいる。

 見覚えがある、私立許之花このはな高校の生徒だ。

 私の学校でも、噂されるような美形ってされてる人だけど。

 はやく彼を助けなくちゃ、彼もニルジェーロから色を奪われてしまう。


「大技を使うニャ! リリィハート!」

「え? 大技って、」

「いいから、イメージするニャ!」


 イメージ? 今、彼を助けるためには近距離で迫るわけにもいかない。

 遠距離での拘束も、時間が足りない。

 なら――!! 

 私は強く杖を握る。


「咲き誇る百合色の花! キラめけ!! リリィガーデン!!」

『ギギィイイイイイイイイイイイイイ!!』


 百合の花が周囲の地面から咲き、黒い靄たちが消えていく。

 き、きいたの? ……よくわからないけどニルジェーロは砂のように消えていき、消滅した。


「だ、大丈夫ですか!?」 

「っ、ええ……まぁ」


 男の人は地面に座り込んでいて、急いで駆け寄る。しかし、石に躓いて転んでしまった。


「きゃ!」

「うわ、だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」


 気がつけば私は彼の腕の中にいた。

 彼を押し倒した羞恥心と、彼に対し胸にときめく高揚感で頬を赤らめる。

 綺麗な顔の人だった。澄んだ青空色が不安げに揺れて月白色にも似た銀髪が夕焼けの優しい穏やかさな色を帯びている。

 本当に、綺麗な人だった。まるで、王子様みたいな人だった。

 転んでしまって押し倒したような物なのに優しい声で心配してくれる。

 それがたまらなく、嬉しくて。


『恋をするってね、胸に花が咲いた感覚がするのよ? アンタも一回くらい、そういう恋をしてみなさいな』


 お母さんが言っていた言葉の意味がなぜか過った。


 ――それは、れんの胸に恋の花が咲いた瞬間だった。


「す、すみません! 貴方のお名前は……?」


 咄嗟に出てきてしまった言葉に、あえて再度確認してしまう。

 彼もリリィハートの自分は知らないであろうから、というだけなんて後付けでしかないけど。本当は、本人かどうか、確認をしたかったからで。


「俺は、鵠戸怜人くぐいどれいとです……貴方は魔法少女です、よね? 君の名前は?」

「わ、私は――」

「リリィハート! そろそろ離れるニャ!! 他の場所にもニルジェーロが現れたニャ!!」

「あ、えっと、その……それじゃ、失礼します!!」


 私は急いで、カラキティの指示する場所へと走り出した。


「リリィハート……彼女こそが俺が探し求めてた宝石か、見定めさせてもらおう」


 一人、怜人は夕焼けに走る少女を見つめながら、呟いた。

 これは、花咲れんたち魔法少女の物語。

 恋に焦がれる、少女たちの物語である。

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