第14話 知らない話
翌日木曜の事だ。
高校生活にすっかり慣れてきて、いつも通り朝登校すると、普段俺より先に教室に居る巡葉の姿がなかった。
珍しいなと思いながら準備を進めるが、一向に来る気配はなく、ついには朝礼が始まる。
「今日は柴凪は体調不良で欠席だそうだ」
担任の何気ない報告が、やけに突き刺さった。
そう言えば、高一の夏休み前に巡葉が休んだ日があったっけ。
大した思い出ではないのだが、記憶にあるのと全く同じイベントが起きたせいでつい思い出してしまった。
つまりこの欠席は既定路線だったというわけだ。
昨日もクラスマッチを見学していたりと、心身ともに不調そうだったからな。
少し心配である。
どうでもいい事務連絡を聞き流しながら、俺は考える。
果たして、本当にただの体調不良による欠席なのだろうか。
昨日本人が意味深な事を言っていたし、気になってしまった。
朝礼が終わった後、賑やかなクラスメイトの声の中、無人の隣の席を見る。
「寒いな」
風通しが良くなったのか、やけに肌に当たるエアコンの冷風に俺はそんな事を呟いた。
◇
その日は物事が手につかなかった。
授業中には教科書を忘れて散々な目に遭うし、指名された時には先週から課されていたらしい課題をやってなくて怒られた。
どちらも、巡葉がいたら避けられたことである。
教科書は見せてもらえるし、課題もきっと写させてもらえていただろう。
間接的に、いつもあいつに支えられていた事が分かった。
思えば、こうしてタイムリープしてからも普通に話せるのは巡葉と夕星くらいである。
他の友達は距離感が違うと言うか、大して踏み込んだ会話をすることもない。
実際、やはり精神年齢が離れてしまったため、若干距離を感じるようになってきた。
俺の自意識過剰かもしれないが、毎回の会話に少しずつ齟齬が生まれている気がする。
というわけで、タイムリープしてからは基本的に昼食は一人で食べることにしている。
今日も昼休みに入った後、母親に持たされた弁当箱を持って、校舎棟の最上階にある自由室の席に座った。
ぼっち飯なんか大学では日常だったし、今更気にすることではないのだ。
エアコンの効いた部屋の中、窓ガラスから差し込む日差しを受けながら、黙々と昼食を始める。
と、弁当に箸を入れた途端、背後から声をかけられた。
「雲井君、こんな所で珍しいね」
「湊音……?」
「あれ、あんまり話した記憶ないんだけど、君ってそんなに馴れ馴れしい感じだったっけ?」
真後ろに立っていたのは、美男子だった。
スラリと長い脚に、皺一つないシャツ。そこから生える首筋は男らしく筋張っているわけでもなく、小さな顔についた柔和なパーツと同様に優しい印象を与える。
舐め回すような俺の視線に首を傾げて苦笑するのは、澤湊音という男だ。
そう、俺がタイムリープした日に会って話したあの澤湊音である。
勿論、同じ高校に通っているわけで、タイムリープした今の俺も、澤湊音がいることを認知してはいた。
だがしかし巻き戻った時間を加味しても、タイムリープして経過した日にちは所詮一週間にも満たない程度だ。
単純に会う機会がなかった。
それに、こいつが言った通り、高一の頃は特に関わることがなかった。
恐らく、これが初めての会話だと思う。
「あんまりジロジロ見られると調子狂うな」
「あぁ、悪い。……っていうかなんでここに?」
「僕も普段ここでご飯を食べてるから」
「ここ数日見なかったけど」
「最近は家庭の事情でゴタゴタしてて、昼食を味わう余裕がなくてね。うち、暴君がいるから」
苦々しげに語るイケメン。
恐らくその暴君というのはこいつの妹である澤虹乃のことだろう。
思い出すのはタイムリープしたあの日のデビューライブだが、この世界での彼女はまだアイドルデビューなんて夢のまた夢という感じなはずだ。
その虹乃に関しては成績の問題でこの進学校とは別の、私立高校に通っている。
話したついでと言わんばかりに、他の席があるのに俺の隣で弁当箱を広げる湊音。
中身は男子高校生にしてはヘルシーで、見た目にも鮮やかで華やかなものだった。
「美味そう」
「ありがとう。毎朝自分で作ってるから、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「流石ハイスぺイケメン」
「……? ありがとう」
澤湊音との妙な会合は、若干の会話をした後、沈黙へと移行する。
仲が良くないので当然だが、非常に気まずい。
澤湊音と俺が高校時代然程仲良くなかったのには理由があり、それは俺が一方的にこいつに敵対意識を持っていたからだ。
巡葉は今、ダンスレッスンに通っている。
その教室に一緒に通っているのが、現在まだアイドルデビューはしていない澤虹乃である。
高校時代、巡葉から澤虹乃の話とその兄である湊音の話をよく聞いていた。
このイケメンは虹乃の保護者として教室に頻繁に顔を出しているらしく、巡葉とも関係値があるのだ。
要するに、俺の知らないレッスン中の巡葉を知っている存在として、俺がただ単に嫉妬していたというわけである。
加えてこの容姿とスペックで、男の俺が劣等感を抱かないはずがない。
ひょんなことから湊音とも仲良くなったが、その前は大して話すこともなかった。
だから今、こんな風に二人きりになっても、話すことがない。
気まずい飯では、せっかく教室を抜けてきた意味がなくなってしまう。
何か話題はないだろうか。
と、すぐに頭の中で今朝からの悩みと今の状況が繋がって、答えを導き出した。
そう、俺は人生一周目じゃないんだ。
「お前さ、巡葉のこと知ってるか?」
俺の問いに、湊音は食べ終えて片付けようとしていた手を止める。
「どういう意味だい?」
「ほら、お前の妹が仲良いだろ? お前も最近のレッスン中の巡葉のこと知ってるかと思ってさ」
「なんで僕の妹の話を?」
「え? あ、いや。め、巡葉から聞いてたから」
「へぇ、随分と仲がいいんだね」
「……」
高一と言えど、相変わらず勘の鋭い奴だ。
嘘ではないギリギリの言い逃れをした俺に若干厳しい目を向けながら、彼は腕時計をチラリと見る。
「そんなに親しいなら言ってもいいか」
「何をだよ」
「今日彼女が欠席してる理由を聞きたいんだろ?」
「クラス違うのに、休んでたことを知ってるのか」
「それは勿論。学年一の美少女だから彼女の話はみんなの関心の的さ。何人も柴凪ちゃんの話をしていたよ」
柴凪ちゃんという呼び方に懐かしさを感じつつ、俺は続きを促した。
湊音はせっかちだなぁと笑いながら口を開く。
「昨夕、連絡があったらしいからそれ関連かなぁと僕は思ってるよ」
「……連絡?」
「そう。こないだあったアイドルオーディションの、二次試験の結果連絡」
「……」
聞いてすぐに頭の中で全てが繋がった。
月曜日に聞いたオーディションの結果連絡が近いという巡葉の話、最近のそわそわした態度、昨日の体育館での意味深な会話。
さらには、昨日夕星が言っていた『よく見てあげなよ?』という言葉も、この事を指していたのではないかと思ってしまう。
愕然として己の鈍さに嘆く俺の横で、湊音は席を立った。
「役に立てたかな? ここから先は君の判断に任せるよ。じゃあまた」
「……ありがとう」
礼を言いつつ、俺はただ茫然と湊音の後ろ姿を眺めることしかできなかった。
俺は、何も知らなかったのだ。
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