第13話 曖昧な苦笑

 体育館に着くと、早くも試合が始まっていた。

 同じクラスの女子がプレイする中、コート上を探すが肝心の巡葉の姿はない。

 目を凝らして周りを見ると、交代の列からも少し離れた場所に、ぽつんと巡葉は体育座りしていた。

 呆けた目で試合を眺めている。


 近くではそんな巡葉に誰が声をかけに行くか、話している男子達がいる。

 しかし、そいつらと目が合うとすぐに話は止んだ。

 空気を読んで彼らの意を汲むなら、「お前が声をかけてこい」という感じだろう。

 俺と巡葉の仲は周知の事実だから当然かもしれないが、わざわざ譲ってくれたのはありがたい。


 コートの端を歩いて行くと、すぐに巡葉は俺に気付いて眉をひそめた。

 体操服姿に、今日は髪をまとめている。

 そんな彼女に俺は少し考えて、聞いた。


「腹でも痛いのか?」

「急に来たかと思えばちょっとノンデリ過ぎない? 普通に気分悪くなっちゃっただけなんだけど」

「そっか」


 軽く会話をすること数秒。

 そこですぐ沈黙が訪れた。

 手持無沙汰で、突っ立っていても疲れるから俺は巡葉の横に腰を下ろす。

 と、それはそれで巡葉にじろじろ見られた。


「一応ここ、女子が試合してるフロアだよ」

「クラスメイトの応援するのは普通だろ。お前もさっき男子のコートに来て応援してくれてたじゃん」

「気付いてたんだ。でも、そんな風に試合に集中してないから、負けたんじゃない?」

「なんてこと言うんだよ。っていうかそんな話はどうでもいいだろ。今は俺がここにいるのが不自然じゃないって話をしたいだけだから。それにほら、向こうのクラスにも男子と話してる女子何人かいるし」


 指をさした先には、対戦している相手のクラスがいる。

 そっちには俺達みたいに男女で座って話したり、交代待ち中の女子に紛れて応援する男子の姿もあった。

 しかし、そんな俺の言葉に巡葉は苦笑しながら首を振る。


「あの人達は付き合ってるからでしょ」

「……そうなの?」

「もしかして雲井君、そういう話何も知らないの? 隣のクラスなんだし知っててもおかしくないと思うんだけど」

「べ、別にぼっちじゃないから」

「誰もそんな事言ってないけど?」


 つい先ほどまでの夕星とのやり取りで過剰に反応してしまった。

 予測ツッコミを外して白い目を向けられる俺。

 俺に変な劣等感を植え付けさせたあの幼馴染を絶対に許さない。


 というか、俺は少なくとも人生二周以上はしているはずなのに、どうして巡葉よりも情報が不足しているのだろうか。

 なんだか恥ずかしくなってきた。

 それと、付き合っているわけでもないのにこんな所に座って、場違いな気がしてくる。

 こんな場所に居たら付き合っているも同然だ。

 居たたまれなくなってきた。


「……嫌ならどっか行くよ」

 

 そう言って移動しようとすると、くいっとズボンの裾を掴まれた。

 巡葉は床の方を見ながら呟く。


「……行くな」

「お、おう。……じゃあ手、放して? ズボン脱げちゃうから」

「脱げるな」

「だから放せって言ってるんですけど」


 意地でも俺の服から手を放さないため、諦めて受け入れるしかなかった。


 今日の巡葉はどうやら甘えん坊モードなようだ。

 普段俺の事を玩具とでも思っていそうな巡葉だが、実はかなりの甘え体質である。

 実体験として俺の中にも数々の記憶が残っている。

 心を開いた相手には依存する癖があるのだ。

 人前でこんな態度を見せていたらいよいよ弁明の余地が無さそうなのに、一体何があったというのだろうか。


 目の前の試合を横目で観つつ、腰を据えて俺は聞いた。


「で、何があったんだよ?」

「……ちょっと緊張しちゃって」

「お前、球技得意じゃないもんな」


 ド直球に言うと体育館シューズで膝を蹴られた。

 胡座をかいていたため、膝からダイレクトに衝撃が響いて結構痛い。


「別にそういうわけじゃない」

「じゃあ何故蹴った」

「……」


 無視されては仕方がない。

 やけに元気がないので、精一杯笑わせようと試みる。


「まぁバレーなんてして、その可愛いお顔にボールが当たったら台無しだもんな!」

「確かに」

「相変わらず自己肯定感高いのなほんと」

「アイドル志望が自分の顔に自信なくして、何が残るの?」

「承認欲とか?」

「色んな方向に喧嘩売るね。今日が命日?」

「洒落にならないこと言わないでください」


 俺はつい先日死を体感し、そこから時を遡った男だ。

 あまり笑える話ではない。

 夏場だというのに背中がやけに涼しくなったじゃないか。


 俺のツッコミに、巡葉は少し口元を緩める。

 若干上がった口角に、俺もほっと一息ついた。

 相変わらず機嫌取りに世話が焼ける奴だ。


「雲井君さ、変なこと聞いてもいい?」

「なんだよ」


 不意に聞かれ、怪訝に思いながらも耳を傾ける。

 と、巡葉は困ったように眉を寄せて笑いながら、そのまま言った。


「雲井君は、私がアイドルじゃなくても嫌いにならない?」

「……どういう意味だよ」


 意味が分からなくて思わず聞き返してしまった。

 そもそも巡葉は現在アイドルではない。

 前提の条件からこの質問は何か矛盾を孕んでいるし、仮に俺がこの質問にイエスと答えるなら、今の関係性は何だという話になる。


 考え得るのは、『アイドルを諦めたとしても私を嫌いにならない?』というニュアンスだが、それならそれで俺には明確なアンサーがある。

 なかなか続きを言わない巡葉に、俺の方から喋った。


「嫌いになるわけないだろ。お前の事、別に肩書きで見てるわけじゃないんだから」


 きっと、不安定なんだろう。

 人間誰しも気分の落ち込む瞬間はある。

 きっと今はその時期なのだ。

 不安になって、つい誰かにもたれかかって、確認作業がしたくなっただけだ。

 その相手に俺を選んでくれたあたり、誇らしい気もする。


 俺は曖昧に笑う巡葉の顔を見ながら、そんな無責任な事を考えていた。

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