第12話 遠回りした水曜日
あれから2日が経過した。
巡葉との関係性について、待ち受けている未来とこの前の不可解な巻き戻りを踏まえてあれこれ悩んだ。
その結果、別に巡葉に対して素っ気なく振舞う必要はないという判断に至った。
考えてみれば今の俺達は付き合っていないわけで、別にこのまま何の進展もなく過ごせばそれだけで付き合う未来は回避できる。
俺から告白はせず、向こうから好意を匂わせるような行為を見せられたら、その時は少しだけ距離を置けばいい。
ループする前みたいに、過度に他の女子と仲良くしてフラグを折る必要まではないはずだ。
というわけで、彼女とは特に意識せず流れに身を任せ、普通に接している。
ただ、それはそれとして俺はかなり精神的に疲弊していた。
この前突然起きた謎のタイムループと、そして高校生時代にまで時を遡ったという現状に対し、不安感が溢れてきている。
次もまたループして、あの日に戻るかもしれない。
そうなると、いつになったら未来に進めるのかわからない。
ここはまるで時の牢獄であり、終わりが見えない恐怖に心を蝕まれていた。
そんなこんなで昨日、前回巻き戻りに至った終点日の火曜の晩を迎えた。
また巻き戻るのではないか、とビクビクしながらベッドの上で目を見開いていたが、いつしか寝落ちしてしまっていたらしい。
目が覚めた時、俺は跳ね起きてスマホで日時を確認した。
すると、今回はしっかり7月12日(水)になっていた。
巻き戻ることはなく、加えてあの巡葉に似た少女に首を絞められる夢のような景色を見ることもなかったのだ。
何はともあれ、少し前進したのは事実である。
タイムリープ後初めて味わう水曜日の風を感じながら、俺は黄昏れた。
今日は一学期末という事で、クラスマッチが行われていた。
全学年の通常授業科目が中断され、朝から夕方まで球技祭り。
今は俺達のグループは空き時間であるため、先輩男子達のサッカーの試合を眺めている。
特に興味がないため、しみじみここ二日の事に関して回想に耽っていたというわけだ。
断じて、友達がいないから話し相手がいなくて妄想していたわけではない。
言い訳がましくそんな事を考えていると、頭上に影が落ちた。
影越しにやかましい髪が風に靡くのが見える。
俺は顔を見ることもなく、その影に向かって口を開いた。
「丁度よかった。ジュース買ってきてくれ」
「これで良い?」
「……」
頬に冷たいペットボトルを押し付けられ、顔を顰める。
結露した水滴が顔を濡らし、不快だ。
俺はのっそりと顔を上げて、やってきた夕星を見た。
彼女は俺を見下ろしながら、いひひと屈託のない笑みを受かべる。
「黄昏れてんね~」
「そういうお前はサボりか?」
「ぼっちの後輩が見えたから、気にかけて声をかけに来てあげたんでしょーが。お姉ちゃんに感謝しなさい」
「誰がぼっちだ」
言うと、夕星は前方約5メートル近く離れた男子の集団を見る。
そしてそのまま今度は俺の方を見て首を傾げた。
顔には人の事を馬鹿にしてやろうという魂胆の見え透いた、意地の悪い笑みが張り付いている。
全くもってウザい幼馴染である。
許可していないのに俺の隣に座り込んだ夕星から、風に乗って柑橘系の爽やかな制汗剤の匂いが流れてきた。
「ヒロちゃん、人生相談乗ろっか?」
「俺をぼっち扱いしたまま話進めんな!」
幼少からの付き合いだからこそ、親や兄弟に人間関係を心配された時のような悲壮感が漂う。
勘弁してほしい。
「そう言えば、うちの本物のねーちゃんとは上手くやれてんの?」
話を変えるべく、数日前から夕星の家にプチ家出中の姉の話題を口にした。
しかしその瞬間、名前を聞いた夕星の顔がわかりやすいほどに歪んだ。
俺は地雷を踏んだことを悟った。
「ヒロちゃん、逆にあいつと上手くやれると思う?」
「あの、申し訳ないので引き取りに行きましょうか?」
「あははっ! ヒロちゃんがそこまで気を遣わなくていいよ冗談だから! まぁ、本音を言うならさっさと回収して欲しいんですけどね!?」
切実な懇願を憐れに思う。
うちの姉はかなり傍若無人な性格なため、いくら夕星相手とは言え、迷惑をかけて申し訳なくなってきた。
それにしても、この幼馴染と話すのも月曜の朝ぶりだ。
ループした日に一緒に登校したが、それから話す機会はなかった。
正直、意図的に避けていた節もある。
ループしたきっかけが、俺と夕星との関係に嫉妬した巡葉による絞殺の可能性が消えていない以上、巡葉に夕星との関係性を勘違いされたくないのだ。
今回火曜でループせずに今日を迎えられたのは、そのリスク管理を怠らなかった成果かもしれない。
あと、それを抜きにしてもこいつと学内で仲良くしづらいのには理由がある。
「お前、腐っても美少女インフルエンサーとして売ってんなら俺にあんまくっつくなよ。勘違いされたら燃やされるのは俺なんだぞ」
「腐ってもってなんですか。正真正銘美少女じゃん」
「黙ってればそうかも」
ボソッと言うと頭をペットボトルで叩かれた。
中身が入っているため、遠心力でかなりのダメージになる。
俺達を遠巻きに見ていた前の男子連中が羨ましそうに睨んできた。
かなり理不尽だ。
「お前、種目は?」
「バレーだよ。もうそろそろ体育館に戻るの」
「じゃあ何しにグラウンドまで来てたんだよ」
「ヒロちゃんがどうせぼっちで困ってるだろうから、この胸を貸そうと思って」
「いつまで言ってんだ!」
「いひひっ。それはそうとして、あんたも体育館に来なよ」
立ち上がった夕星に手を差し伸べられ、俺は困惑した。
「はぁ? お前の応援しろって?」
「なんでそんなに嫌そうなん? って、しかもそういうわけじゃないし」
「じゃあなんだよ」
「今からあんたのクラスの女子がバレーの試合するんだよ」
「うん。……で?」
「で? じゃねーよっ!」
大きな声を上げた夕星は、そのまま腰に手をついて人差し指を向けてくる。
「あんたの愛しのアイドルカノジョちゃん、バレー選択でしょ? 応援しに行きなよ」
言われてからハッとした。
このクラスマッチは男子ならバスケかサッカー、女子はソフトボールかバレーを選択して競技することが多数決で決まっていた。
巡葉はその内、バレーをすると言っていたはずだ。
そう言えばそうだった。
だがしかし、いくつか否定しなければいけないことがあった。
「別に彼女じゃないし、まだアイドルでもないだろ」
ボソッと言うと、夕星は目ざとく俺の言葉に反応する。
「”まだ”、アイドルじゃないか~。いいねその言い方。あの子がアイドルデビューするのを疑ってない感じがとても尊いっ!」
確かに俺はあいつの才能を疑っていない。
ただ、一度アイドルを挫折した巡葉の未来を見てしまっているため、少し胸が痛んだ。
今度こそ、アイドルの道を折れずに駆け抜けて欲しい。
ただそう願う事しか俺はできない。
その時、俺は隣にいないだろうし。
夕星と共に俺は立ち上がり、尻の土を払う。
女子の数人は先程の俺達の応援をしてくれていたし、その中に巡葉がいたのも知っている。
先程までは特に何も思わなかったが、応援してもらったなら返すのが義理というものだろう。
よく見るとサッカーを選択していた男子の数人は既にこの場にいないし、恐らく女子の応援に行っているはずだ。
「下手なバレー姿でも拝んでやるか」
「性格悪」
「お前には言われたくない」
軽口を叩き合いながら、体育館を目指す。
道中、夕星は不意に真面目なトーンで喋った。
「あのさ、さっきの話だけど」
「なんだよ」
「あんたが巡葉ちゃんはアイドルになれるって信じてるって話」
「……それが?」
聞き返すと、彼女は苦笑しながら続けた。
「ちゃんと、よく見ててあげなよ?」
「……え、うん」
この時の俺は、それが何を指すのかイマイチ掴めていなかった。
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