第11話 夢占い
始業間際に登校すると、俺の席の隣には当たり前だが巡葉が座っていた。
前回と同様、イヤホンをつけて音楽を聴いている。
次のダンスの課題曲だったっけか。
つい先日聞いた話なので、俺は不思議な感覚に陥りつつ、自分の席に近づく。
しかし、自分の席のギリギリの位置までやってきて、急に金縛りに遭ったかのように俺の足は止まってしまった。
巡葉の整った横顔に視線がロックされる。
可愛い。
だが怖い。
俺の首に手をかけていた女と巡葉が、どうしても重なって見えてしまった。
結果として、前と同じく音楽を聴く巡葉を棒立ちで眺める構図になった。
彼女はしばらく俺を無視した後、チラリとこちらを見る。
そしてそのまま怪訝そうに眉をひそめて、半目になった。
「何。人の事を化物みたいに眺めて」
「え? い、いや。化物級に可愛かったもんで」
「……で?」
「すまんなんでもない。ちょっと怖い夢を見たんだ」
誤魔化しが通用しなかったため、俺はため息を吐いて席に着く。
相変わらずこの女は鋭い。
俺の言葉に巡葉は不服そうな顔から、一瞬で嘲りと呆れの混ざったような態度に変わった。
ニヤニヤしながら見つめてくる。
「怖い夢見てびくびくしてるんだ?」
「……」
「で、どんな夢? 私に殺されでもした?」
「そうだよ」
あっさり答えに辿り着いた巡葉に頷き、俺は今日の支度をした。
やがて担任が教室に入ってきて、朝礼が始まる。
そわそわしながらそれを終えると、今度は一限前の休憩時間に入る。
巡葉は待ってましたと言わんばかりに、俺に話しかけてきた。
「で、なんだっけ。私に殺された雲井君は私にビビりまくって、朝からおねしょしたんだっけ?」
「なんで勝手に失禁したことにされてんだ! 心外すぎる!」
「心外なのはこっちだけどね」
「うっ」
ぐうの音も出ない正論に言葉に詰まった。
朝一からギョッと見つめられ、そのまま言われもない犯行を擦り付けられる。
彼女にとってみればかなり理不尽な状況だろう。
巡葉は俺と会話をしながら、スマホをタップする。
「夢占いしてあげるよ。詳細教えて」
「え? 嫌だけど。恥ずかしいし」
「ふぅん、そういうこと言うんだ。こっちは朝から急に隣の席の男子に人殺し扱いされて悲しい気分なのにな。あーあ」
「はい。喋らせていただきます。夢占いまでしてもらって感謝感激大満足でございます!」
やはり根に持っているようだ。
断ろうとしてもすぐにジト目で言い負かされてしまった。
手強い。
こう言われると、俺としては言う事を聞くしかなくなる。
俺は椅子に横向きに座り、膝に手を置いて巡葉を向く。
雰囲気はさながら事情聴取と言ったところだろうか。
「雲井君は私にどうやって殺されたの?」
「ベッドにいる時に馬乗りで首を絞められました」
「ベッドって……。変態。私でどんな夢見てるの」
「誤解です!」
顔を赤らめながら文句を言ってくるが、一体何を勘違いしているのやら。
確かに状況的には騎乗位みたいなもんだったし、この世には首を絞めながらいかがわしい行為に及ぶ人も存在するらしいからな。
ただ、あの状況でそんなふざけたことを考えられるわけがない。
文字通りこっちは死ぬ思いだったんだから。
俺の返答に巡葉はスマホをスクロールさせ、唸る。
検索した記事を見ながら占ってくれているようだ。
「うーん、なんか記事も抽象的で分かり辛いんだよね。ここに書いてあるのを見ると、人間関係とか金銭面、社会交流とかにおける幸運の暗示らしいけど」
「こんな内容の夢で幸運なことあるんだ」
「悪夢は結構吉夢だって聞くよ」
まぁ確かに、それは俺も聞き覚えがあった。
あまり占いに興味はないし、全てバーナム効果だと思っているから大して気にしたこともなかったけど。
そんな事を考えていると巡葉は続ける。
「じゃあ次の質問。殺される時痛みは感じた?」
「朧げだけど少し感じたかな。ただ痛みというよりは、不快感とか苦しさを覚えてる」
「ふーんどれどれ。それは……メンタルの不調なんじゃない?」
「確かにそうかも」
怪奇現象に遭遇している者として、それは無論あった。
急に四年もの時を遡って平気でいられるわけがない。
楽しさやワクワク感はあれど、それと同時に途方もない喪失感や恐怖もまた、どうしても拭えないのだ。
その後もしばらく話した後、巡葉はスマホをスクロールしてピタリと止まった。
何かを目にしたのか、急に不自然な挙動で目をパチクリさせる。
そしてそのまま首を振り、スマホをしまった。
「どうかしたのかよ」
聞くと彼女は頬をかきながら笑う。
珍しい仕草だ。
「いや別に。大したことはなかったよ」
普段と違って隠し事が下手すぎるのに違和感はあるが、追及しても仕方がない。
俺はどこかへ行こうとする巡葉を止める。
最後に聞いておきたいことがあった。
「変なこと聞くけど、お前が人を殺すとしたら、それはどんな時だ?」
「ほんととんでもないこと聞くね。心配しなくても雲井君の事は殺さないけど——」
巡葉はそのまま少し考えて、すぐに小首を傾げて言った。
「浮気された時とか、かな」
「そりゃ、大事だもんな」
「そうだね。じゃ」
去り行く巡葉の後ろ姿に、俺は全身に鳥肌が立つ感覚に襲われた。
夕星との会話でもわかっていた事だし、驚くことはない。
ただまぁ、そうか。
気付けば巡葉と普通に会話で来ている事や、あの記憶が夢として消化できてきている事に安堵しつつ、俺は一息つく。
これ以上無駄に深く考えるのはやめよう。
リセットした頭で、なんとなく一つだけ気になったから、自分でも夢占いとグーグル検索をかけてみる。
一番上に出てきたサイトに飛び、中身を見た。
恐らく巡葉が見ていたものと同じページで、さっき聞いたものと同じことが書かれていた。
ページをスクロールしていくと、恐らく巡葉が目にして動揺していた原因であろう文言に気付く。
曰く——恋人からの告白の予兆であるという、夢占いだった。
「なるほど。だからぎこちなかったのか」
俺達にとって微妙な話題だったから、口に出すのが憚られたのかもしれない。
もっとも、あいつは表情を隠すのは得意だし、わざと俺にこの記事を読ませるべく、誘導のためにあんな動揺した演技をしたという可能性も考えられるが。
「告白、ねえ」
俺はそんな事を呟きつつ、頬の硬直を薄っすら感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます