第7話 ゆず姉

 その日、それから地獄のような時間を過ごしたのは、特に説明する必要もないと思う。

 気まずい空気、そして罪悪感に押しつぶされそうな胸。

 正直生きた心地がしなかった。


「ゔぁぁぁぁぁっ」


 この世のものとは思えないため息を吐きながら帰宅する俺。

 ちなみに巡葉は学校の用事を済ませた後、ダンスのレッスンに行くと言っていたため、それには流石に頑張れと見送った。

 流石にそんな話をされて冷たくあしらえるほど、俺の心は強くない。

 

 なんて考えていると、不意に肩に圧力が加わった。

 急な事に驚き転びかけると同時に、懐かしさが込み上げてくる。

 こんな馬鹿げたことをしてくるのは一人しかいない。


「おい! 肩が外れたじゃねえか!」

「そりゃ大変だね~。おんぶしてあげよっか?」

「いえ、遠慮します」

「可愛くない奴め」


 振り返ると、そこには美少女と言って差し支えの無い奴がいた。

 決して薄くはないメイクと、編み込みポニテ、ピアス装着に加えて着崩した制服という校則多重違反者。

 そんな問題児は、うちの学校に一人しかいない。

 幼馴染の夕星である。


 美麗という言葉にふさわしい巡葉とは異なり、この幼馴染は言わば可愛い系だ。

 人好きのする笑みはややアホの子みたいな印象をもたらし、話しかけやすさのような不思議な雰囲気を生み出す。

 メイクをしているとは言えかなり童顔で、仕草も相まって幼い子供を見ているような気分だ。

 もっとも、窮屈そうにシャツを押し上げる胸はちっとも幼くないが。


「相変わらず不良の化身みたいな恰好だな」


 俺が言うと、夕星は自慢気に胸を張った。


「学校内のファッションモンスターだと言って欲しいね。流行こそアタシ。アタシこそ流行そのものなんだよっ! 学内外で愛されるアタシってば……もしかして魔性の女ってこと!?」

「へぇ。そうかもな」


 よくわからないノリは無視すると決めているため、俺はそのまま下校を再開する。

 と、すぐに夕星が小走りに横に並んできた。


「……い、いやぁ、今日は寒いね~。夏なのに不思議だわ」

「確かに。鳥肌えぐいわ」

「何よりえげつないのはあんたのスルースキルだけどねっ!?」


 よく見ると夕星は涙目だった。

 流されて泣くなら無茶なボケなんてしなきゃいいのに。


 夕星はわざとらしくめそめそ言いながら、そのまま俺の隣をぴったりくっついて歩いて来る。

 その間、近所の人に声をかけられても離れず挨拶していた。

 このバグった距離感は、さながら十年以上に渡る関係性の賜物だろう。


 俺には一つ年上の姉がいる。

 そいつとこの女が幼馴染でずっと一緒にいるため、俺もついでに幼少期からの仲となっている。

 まぁただの腐れ縁だ。

 事実として巡葉に勘違いされるような関係性ではない。

 ないのだが。


「近いな」

「おや? 照れてます~?」

「あんたに男がいるって勘違いされて炎上した時、個人情報の危機に瀕するのは男の俺側なんだよな」

「その時は責任取って守ってあげるよ。ヒロちゃんの愛しの柴凪巡葉ちゃんからね」

「……」


 久々にヒロちゃんというあだ名で呼ばれて、顔が引きつる。

 だが問題はそこではない。


「おい。その話どこから仕入れた? なんで巡葉の事を?」

「いやいや、学校でアタシの次に有名な美少女だよ? そりゃその子に仲の良い男子がいるってなったら話題にもなるでしょ。ましてやあんたはアタシの幼馴染だし」

「で、具体的にどういう噂が?」

「んーと、アイドル志望の美少女に傾倒して、無謀にも近づく陰キャ男子、的な?」

「血も涙もねえじゃねえか! すっごい不服な解釈されてるわ!」


 そりゃ傍から見ればそう見えるんだろうけど、まさかそんな可哀想な人扱いをされていたとは知らなんだ。

 アレか。

 時折生暖かい同情に似た視線を感じていたのは、気のせいではなかったのか。

 一周目の人生ではこんな噂知らなかった。

 絶望的な校内イメージを間接的に聞かされ、血の気が引く。

 

 しかし、夕星はふふんと楽し気に声を漏らしながら続けた。

 

「ま、アタシは可能性あると思ってるけど」

「……それじゃダメなんだよ」

「え? 何か言った?」

「こっちの話だ。ってかなんでお前はそう思うんだよ」

「んと、インフルエンサーとしての勘だよ。女の子はただでさえ興味ない男と変な噂流されるの嫌うのに、それがアイドル志望の子だよ? リスクリターン考えて、興味もない男子と勘違いされてるなら距離置くでしょ」


 得意顔で語っているのはムカつくが、なかなか的を射た持論だと思う。

 流石はSNS総フォロワー50万人越えの女だ。

 

「なぁ夕星」


 相談しようと思って口を開く。

 すると、夕星は何故か眉を寄せて睨んできた。


「な、なんだよ」

「あのさ」

「……はい」

「アタシの事はゆず姉って呼んでよ~! なんでそんな呼び捨てにするの? いつからそんな生意気になったんだ~?」


 何か怒らせるような事を言ったかと心配した俺が馬鹿だった。

 面倒くさいだる絡みが始まって、疲労度がどっと増す。

 

「はいはいゆず姉」

「よ~くできましたぁ。じゃあご褒美に抱き着きの刑に処す!」

「褒美に刑罰ってどんな矛盾だ! 離れろ! 暑い! 真夏にその絡みはいらん!」


 抱き着きという名目のもはや首絞めに近い密着をされ、俺はギブアップを伝えた。

 その後しばらく俺を堪能――もといおもちゃにした後、夕星は満足げに一息吐く。

 そして俺の方を再度見た。

 妙に艶やかな表情で口を開く。


「で、何の話かな?」


 ツッコんでいては話が進まないため、俺は本題に入った。


「良い感じの子と距離を置きたいんだけど」

「……自分で言うのもアレだけどさ。この雰囲気からそんなヘビーな話題ぶち込む?」

「本当に自分で言うなよ。仕方ないだろ。俺は周りの言ってるみたいに、無謀な勘違い陰キャなんだから、相談できる女友達が少ないんだよ」

「根に持ってる! ごめんって!」


 別に根に持っているわけではないが、この幼馴染の性格上、罪悪感を煽った方が素直に話を聞いてくれそうだと思っただけだ。


 恐らく泥沼な恋愛相談は好みじゃないのだろう。

 俺の真剣な言葉に夕星は顔を顰め、苦笑いで全力で拒絶を示しながら聞いてきた。

 

「何かあったん?」

「別に。ただ——」


 言おうとして俺はすぐに口を閉ざした。

 本能的に、今この話をすると命が脅かされるのではないかと感じたからだ。

 近づいて来る足音に、俺はびくりと肩を揺らす。

 このトーン、リズム。

 聞き覚えがあり過ぎる。

 唯一聞き分けられるその足音は、黙り込んだ俺によって生じた静寂の世界に、おどろおどろしい色を乗せた。


「ねぇ、柴凪巡葉ちゃんがどうかしたの~?」

「ちょ、おま——」


 空気を読まず言った夕星の口を塞ごうとするも虚しいかな。

 俺の恐れた終末は既に真後ろに迫っていた。


「私の話ですか?」


 耳心地のいい声に、俺と夕星は冷や汗を浮かべる。

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