第6話 素っ気なく
巡葉と距離をおこう。
待ち受けるバッドエンドを回避するために。
そう決意した昨日から一日経った翌日の事。
大学二年生である本来の時空に戻ることもなく、俺は高校生としてタイムリープしたままの世界に生きている。
そして、昨日と同じく、隣の席の女に翻弄されている。
人生を賭けた誓いはどこへやら、なんなら彼女との掛け合いを楽しんでいるまであった。
……うん。
「いや無理過ぎる!」
「うわ。急に大声出してどうしたの。怖いよ」
「……ごめん。なんでもない」
心の声がつい漏れ出し、巡葉に白い目を向けられた。
巡葉と良い感じの仲のまま過ごすわけにはいかないため、少し素っ気なくしようと思っていたのだが、これが想像より難しかった。
あどけない表情で話しかけてくるのを邪険になんてできない。
むしろ一周目の時より、タイムリープした今の方が距離が近くなった気もする。
クラスメイトからも何度か「なんか距離近くね?」と訝し気に突っ込まれた。
とはいえ、当の巡葉はこの調子だ。
あくまで俺の反応を愉しんでいるだけで、本気で相手にしている素振りは微塵も見せない。
だからこそ、周りも付き合っているのでは?という核心に迫ることはなかった。
だがそんな事はどうでもいい。
俺は大きな使命を背負って生きているのだ。
こいつと強くてニューゲームなラブコメをしている場合ではない。
「なんか昨日から雲井君の挙動おかしくない? 発作の数が増えた」
「まるで普段から、俺が誤作動起こしてるかのような言い草だな」
「違うの?」
「違う」
全く失礼な奴だ。
一体誰のせいで俺が悩んでいると思ってやがる。
「何か隠し事してるでしょ」
「べ、別に。ソンナコトナイデスケド」
「目を見て言いな。嘘下手だねほんと」
「……いいだろなんでも」
少し突き放すような言い方をすると、意固地になったような顔で若干頬を膨らませる巡葉。
それはもうあざとい仕草だ。
心の底から本音を叫べるなら、今すぐに「可愛いッ!」とぶちまけたいレベルにあざとい。
と、そんな俺に彼女は困ったような声を漏らした。
「君は参謀には向かないタイプか」
「どういう意味だよ」
「うーん。重要な秘密を一緒に背負う、的な? 例えば、アイドルの彼氏を周りに悟られないように全うする……とか」
「ッ!?」
何の気なしに急にぶっ込んできた巡葉に、俺は目を見開く。
まるで『そんなんじゃ私の彼氏になれないよ?』と言わんばかりの直接的な物言いに、流石に飲んでいたお茶を吹き出してしまった。
な、何を言ってるんだこいつは。
言った本人はというと、大して気にした様子もなくスマホの画面を眺めている。
なかなかの役者ぶりだ。
汚れた机を拭きながら俺は内心思う。
お前は本来、その嘘下手な男と三年間付き合う未来にあったんだぞ、と。
というか、流石に俺の好意に気付いているからと言って、好き放題言い過ぎな気がする。
俺の知る高校の頃の巡葉は揶揄い好きではあったが、流石にここまでぶっ飛んだ言動と、ギリギリの挑発を繰り返す奴ではなかったはずだ。
俺のタイムリープが原因で、世界が徐々に壊れているのだろうか。
今の話なんて、万が一俺以外の奴に聞かれていたらしばらく針の筵確定なのに。
もっとも、その辺考えて絶妙な声量と視線誘導で喋っているのが、隣の小悪魔だが。
と、そこで俺は思い立つ。
ここでフラグを折ってしまえば、巡葉と結ばれる未来を回避できるはずだ。
巡葉は俺が好意を持っていると思っているから、こんな綱渡りな駆け引きをしてきている。
逆に俺が今きっぱり可能性を否定すれば、関係性は変わるはずだ。
「コホン」
咳ばらいをすると、巡葉はチラリとこちらを見る。
「まぁ別に、俺はアイドルと付き合う予定はないので」
先ほどの言葉に返すようにそう言うと、流石の巡葉も怪訝そうに眉を顰めた。
そしてすぐに表情を無に戻し、スマホをバッグに直す。
「ふぅん。そういうこと言うんだ」
「ん? どういうことだ? 何か問題でもあったか?」
白々しく言う俺。
巡葉は心底冷えた視線を俺に向けてくる。
明らかに雰囲気が変わった。
じっと、俺の真意を探るように目の奥を射抜かれる。
一秒、二秒……。そのまましばらく見つめられて、俺が目をそらしてしまった。
うしろめたさに負けたところで巡葉が口を開く。
口にしたのは意外な話題だった。
「まぁ、雲井君には有名TikTokerの幼馴染がいるもんね」
「……いや、あいつとは」
俺には幼馴染がいる。
天真爛漫な性格で、じわじわと人をいたぶる巡葉とは正反対の、からっとした奴だ。
同じ高校に通う一つ上の先輩であり、TikTokを始めとしたSNSで人気を集めるインフルエンサーである。
幼少期からの繋がりで仲良くしている間柄ではあるのだが、まさか巡葉の口からその名前が出て少し驚いた。
と、そこで思う。
反射的に夕星との関係を否定しようとしたが、これはチャンスなのでは。
俺が夕星に好意を持っていると思わせられれば、巡葉の俺への好感度は水をかけられた焼石の温度が如く、急降下することだろう。
今の俺にとって、願ってもない状況を作れる。
「まぁあいつとは仲良いよ。たまに登下校も一緒にしてるし」
夕星との関係性すら否定しない俺に、巡葉は少し傷ついたような表情を見せた。
絶対的に自分への好意が確定していた相手からこんな話をされて、ショックを受けない方がおかしい。
こちらもずきりと痛む胸を押し隠しながら、俺は普段の巡葉を参考にして、すました表情作りを心掛ける。
断固とした俺の態度に、巡葉は追及をやめた。
「ふぅぅぅん」
聞いたことのない声に耳を覆いたくなるが、これも最終的な彼女のためである。
俺が嫌われるだけで未来の巡葉が幸せになれるなら本望だ。
会話は終わりだと言わんばかりに、俺は次の授業の支度に入る。
「……なんか、私勘違いしてたんだね」
チラリと横を見ると、彼女は長い交際の中で数度しか見た事のないような、本気でスイッチの入った目で俺を見つめていた。
これは、思ったよりマズいかもしれない。
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