第2話 未練
巡葉と別れた後、俺はスマホに来ていたメッセージを元にライブ会場の近くで待機していた。
この季節、通りを往くのはカップルだらけだ。
十二月中旬の夜なわけで、視覚的にも聴覚的にも騒がしい。
つい先ほど失恋した俺には少々堪える。
……いや嘘だ。恨めしくて往来を睨みたくなるくらい効いている。
「冬の寒空の下、あいつは何分待たせる気だ」
「はは、そんなに文句を言うなよ。悪かったね」
「……いたのかよ」
諸々のストレスも相まってスマホを見ながらボソッと文句を垂れたところ、待ち人が真横に迫っていたらしい。
若干気まずくて頬をかく俺に、声の主である長身のイケメンは爽やかな笑みを浮かべる。
「今日は妹の初ライブを観に来てくれてありがとう。ついでにあの子のプロデューサーとしても礼を言っておくよ」
「そりゃどうも。……めちゃくちゃよかったよ。可愛かった」
「あれ。そんな事言ってたら、あの嫉妬深い柴凪ちゃんが黙ってないんじゃない?」
「言ってろ」
イケメンの名は
先ほどデビューしたアイドル澤虹乃の双子の兄であり、それでもって彼女のプロデューサーでもある。
天才と言っているが虹乃の実態はかなり破天荒であるため、昔からこの苦労人の兄は常に彼女の身の回りの世話をしている。
もはやプロデューサーなのかマネージャーなのかわからない。
なんならただの保護者とも言える。
と、巡葉の名前が出て俺は少し表情を強張らせてしまった。
その変化に敏感に気づくのがこの湊音という男である。
「……柴凪ちゃん、落ち込んでいたかな」
「どうだろうな。ただ虹乃ちゃんの姿を見て心から喜んでいたのは事実だよ」
「そうかい。で、その後揉めてしまったと?」
「揉めたというより、
「……意外だな」
別れた事を間接的に告げると、普段ポーカーフェイスを崩さない湊音の表情が驚きに染まった。
こいつとも高校からの付き合いだし、長年俺達を見ている分には衝撃的なニュースだったのだろう。
俺だって急な事で動揺してる。
でも、どうもお互いに上手くやれる気がしなくなった。
俺も巡葉も気を遣い過ぎるし、それが結局すれ違いを生む。
『俺なんかさえいなければ、あいつはアイドルになれていたかもしれない』
『俺の存在があいつの夢を邪魔してしまったのかもしれない』
そう思ってしまったんだから仕方ない。
「僕は、今でも妹の隣には柴凪ちゃんが居て欲しいと思ってる。本当に、これでよかったのかい?」
「本人が決めた事だからさ。俺は応援したいんだ」
「君はいつもそうだね。まぁ人生長いんだし、じっくり家で考えると良い」
やけに上から目線な言葉だが、幾度も俺の支えになってくれたこいつの頭にはかなり信頼を置いている。
俺は湊音に力なく笑い、その場を後にした。
なんとなくわかるのだ。
俺と柴凪巡葉の物語に続きはもうないんだと。
◇
暗い自室の中、若干自暴自棄に俺はスマホを眺める。
映るのはソシャゲの画面だ。
『The Wedding of Your Idol』
数ヶ月前にリリースされた所謂ギャルゲーである。
スマホ用ゲームでありながら簡単には遊びつくせない程の内容量と、アプデによるシナリオ追加で、国内外のユーザーの心をがっちりつかんだ流行り作品だ。
コンセプトはタイトルの通り、アイドルをプロデュースしながら最後は結婚エンドを目指すというシンプルなもの。
かなりご都合主義な内容だが、攻略キャラによっては難易度が異なったりシリアスなバックボーンが設定されていたりする。
「ふぅ。ようやくトゥルーエンドだ」
数日前に攻略を始めた一人のヒロインのルートを達成した俺は、虚しく独り言を漏らす。
通称『ユアドル』と呼ばれるこのゲームの醍醐味とも言える攻略ヒロインとの結婚式イベントを観つつ、俺はふと思う。
現実もこんなに簡単に事が運べばよかったのにな、と。
ヒロインの好感度は常に表示され、仮に間違った行動を選択してもセーブポイントからやり直して答えに迫れる。
そうやってある種、間違い探しのような攻略をすれば、確実にヒロインと結ばれることができるのだ。
結婚イベントの演出を見ながらため息を吐く。
「現実のアイドルとはこんな簡単に恋愛できないっての」
思い出すのは知り合った当初の中学時代からの記憶だ。
他愛無い会話の内容や遊びに行った思い出、喧嘩した記憶も蘇ってくる。
まるで走馬灯のようだ。
俺はあいつと別れた程度で死ぬほど病んでいるのだろうか。
ウェディングシーンに巡葉と俺を重ねてイメージしてみる。
今となってはあり得ない妄想だが、ゲームの世界みたいにシステマチックに事が運べば、俺達の恋路も成就していたかもしれない。
なんならこのゲームと同様に、ヒロインたる巡葉をアイドルとして成功させてあげられた可能性もある。
とかなんとかゲームをしていて思い出したが、よく考えたらこのゲームを俺に勧めてきたのも巡葉だった。
オタク趣味な彼女に、面白いからと勧められたのがきっかけでプレイを始めたんだ。
「なんだよ。やっぱお前も全然割り切れてねえじゃねえか。未練タラタラ過ぎるだろ」
思い返せば返すほど、巡葉のアイドルへの想いがわかって、ふと笑みがこぼれてしまった。
ついでについ笑ってしまった自分にも嫌気がさした。
未練があるのは俺も同じで、大概なのだ。
「寝るか」
別に巡葉と別れて人生が終わるわけではない。
喧嘩別れをしたわけでもないし、顔を合わせる機会があれば普通に話せばいいだろう。
大学も同じだし、すれ違う可能性は大いにあるんだから。
いつの間にかゲームのエンドロールが終わっていた。
スマホにはFinという文字が晴れ晴れと踊っており、なんだか煽られているような気がする。
このゲームがトゥルーエンドならこっちはバッドエンドだ。
俺はそのまま布団をかぶって目を閉じた。
—―まさか、次の日が来ないとも知らずに。
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