死にゲーと化した俺のアイドル攻略周回 -元アイドル候補生のカノジョと別れたはずが何故かタイムリープした上に、バッドエンド確定分岐でループするようになったんだが-

瓜嶋 海

第1話 輝いて

「みんな今日はありがと~っ!」


 割れんばかりの歓声に向かって一人の少女が手を振る。

 揺れる臙脂色の衣装と、ステージを眩く照らすライト、キラりと反射する汗。

 輝かしい笑みを満面に浮かべた顔は、一瞬もこちらに向くことなくただファンの一人一人にのみ向けられている。

 紛う事なきアイドルの横顔に、つい涙腺が緩んだ。

 それは、これまで俺達が歩んできた道を思えば当然の事で。


「じゃあ最後の曲、みんなも全力で楽しもーっ!!」


 流れてくるサウンドに乗せてステップを踏む少女。

 それに合わせてファン達のコールが続き、会場は地鳴りに近い盛り上がりを見せる。

 まさに伝説だ。

 夢を叶えた少女の晴れ舞台は、俺達の歴史に色鮮やかな記録を残すだろう。

  

 

 これは、俺と一人のアイドル——柴凪巡葉しなぎめぐはの物語である。

 アイドルとして成功する柴凪巡葉と、その姿を舞台袖から見守る俺達二人のサクセスストーリー。そして、秘かに結ばれた俺と彼女のラブストーリーでもある。

 二人の描くその未来を”トゥルーエンド”と、そう呼ぶのだ——。



◇◇◇



「はぁ~っ。満足だった!」

 

 だぁぁっと息を吐きながら目を輝かせるのは、亜麻色の髪をショートボブに切り揃えた女だ。

 十二月の凍てつく空気の中、紅潮する頬が色白な肌とのコントラストでより鮮やかに、そしてより寒々しく感じさせる。

 浮かされそうなほどの熱があった室内と違い、夜の屋外は息を白ばませた。

 寒そうに手を擦る隣の女こと俺の彼女――柴凪巡葉は、ずっと遠い目を向けていたライブ会場から、俺の方に視線を寄越す。


 ついさっきまで俺達はあの場でライブを見ていた。

 本日ソロアイドルとしてライブデビューした女の子の1stステージである。


「天才だとは思っていたけど、まさか最初のステージからあのパフォーマンスを出せるなんてな」

「ね。正直満足感でお腹いっぱいだよ」

「まだ夜ご飯も食べてないのに」

「そう。だから凄いの」


 デビューしたソロアイドルの澤虹乃さわにじのは、俺達の知り合いだった。

 というのも、元々隣にいる巡葉もアイドル志望だったのだ。

 巡葉と虹乃は、中高時代は共に切磋琢磨し合った親友と言って差し支えない存在で、今回のライブもその本人からの誘いで特等席から見守っていた。

 初めてのライブにしては大きめの箱で、彼女のプロデュースをした人間の本気も伺える。


 かく言う経緯があっての今の感動なのだが、巡葉は俺以上に感傷に浸っている。


「ふふ。今度サイン貰いに行こ。タレントの初期のサインは貴重だもん」

「もう立派なドルオタだな。あの人も世界一熱狂的なファンができて幸せだろう」

「あの子の良さを誰よりも知ってるからね。同担拒否宣言もしとくよ。あの子の推し活とかしたら許さないから」


 ジトッとした目つきで言われ、背筋が凍る。

 冗談じゃなさそうなのがこのドルオタだ。

 巡葉は目を輝かせながら両手でぎゅっと、先程買ったファングッズを握り締める。


「はぁ~。虹乃、今日は何時ごろに家に帰るかな。今からあの子の家の前で待ち伏せして、サプライズでもするか……」

「やばいやばいやばい。ただのストーカーですよドルオタさん!」

「心外だな。住所も連絡先も知ってるし、別にいいじゃん。喜んでくれるはず!」

「思考が危険すぎる! 1stライブで厄介ファン化してんじゃねえよ! 若干怖い目で見られてるから黙ってくれ!」


 ハードなボケをする巡葉にツッコみつつ、俺は辺りに目を向ける。

 事実として巡葉はあのアイドルと友人関係にあるから間違った事は言っていないが、傍から聞いたらただの事案である。

 周りに聴かれたら通報されかねないので慌てる俺に、巡葉はにやりとそんな反応を愉しむように一瞬意地の悪い笑みを浮かべた。


 ライブが終わってかなりの時間が経っており、客もほとんど残っていない。

 なかなかこの場から動かない巡葉に、虹乃が出てくるのを待っているのだろうかと初めは思っていたが、大人しくなった彼女の横顔を見てすぐに首を振る。

 まぁ、親友の成功をただ喜んでいるだけの顔ではなかった。


 先ほどの大声のやり取りもあるが、出待ちファンのようになっているため、警備員から微妙に視線を感じる。


 先ほどまでの冗談や軽口は嘘のように、巡葉は表情を硬くしてただ立ち尽くしていた。

 再び見ているのはライブ会場の方である。


「虹乃、輝いてたね。本当にアイドルだった。……遠い存在になっちゃったな」


 巡葉は消え入りそうな声で呟いた。

 遠い存在とは言うまでもなく、中高時代隣でレッスンをしていた距離感から比べてという意味合いだろう。

 当然、巡葉には思う所が多くあるはずだ。


 巡葉は幼い頃からアイドルを目指していて、数々のオーディションに挑戦していた。

 一度は大手でオーディションを抜け、最終選考に残った所謂元アイドル候補生でもある。

 今こうして俺の隣で普通に生活しているのが結果だが、その道のりは苦しくてままならないものであった。


 高校の途中でアイドルへの道を諦め、巡葉は俺の彼女となった。

 複雑に思ったのは勿論だが、俺も彼女が好きだったし、巡葉が俺といることで幸せになれるのならと彼女からの告白を受けた。

 現在は大学二年の冬だ。

 俺も巡葉も合法的に酒が飲める年になった。

 これから飲みに行くのもアリかもしれない。


 だがしかし、この状況でそんな提案ができるほど俺は野暮じゃない。


「……めぐも輝いてたよ。あの場に、いるべきだった」

「え?」


 あの場——澤虹乃のデビューステージには、巡葉が一緒に立つべきだったと、ライブを見ている時から思っていた。

 本人に言う気はなかったが、今の巡葉の態度を見ていると言わざるを得なかった。

 巡葉は澤虹乃より圧倒的に意志を持ってレッスンに取り組んでいた。

 熱量も比べ物にならないくらいあった。

 正直、虹乃よりも巡葉があの場に立つべきだったと、身内贔屓無しで俺は思う。

 隣に立つ巡葉の顔を俺はじっと見つめる。


「お前の方がアイドルというものに真摯に向き合っていた。素質があった。あの天賦の才能を見せつけられても思う。柴凪巡葉の方が、もっと輝ける。……お前自身もそう思っているから、そんな顔をしてるんじゃないのか?」


 巡葉は口を真一文字に結んで、目に涙を浮かべていた。

 ここまで感情を露わにするのはかなり珍しい。

 俺の言葉に巡葉は狼狽えたように目を逸らす。


「そ、そんなわけない。あの子の方が才能あるし」

「才能の優劣なんて、そんなもん誰が決めたんだよ。誰が視認できないもので人を比較できるんだ? 限界を決めたのはめぐ自身だろ」

「……それは、そうだね」


 別に追い詰めたいわけじゃない。

 言いたいことはただ一つ。

 『まだアイドルは目指せる』ということだけだ。

 アイドルを諦めた後も巡葉の未練は日頃から感じていたし、今日でそれが明確になった。

 俺はそんな彼女を、応援したい。


 だがしかし、彼女は首を振った。


「私は、もういいの。きーくんに、全部捧げたから」

「ッ!?」


 きーくんというのは俺の事だ。

 雲井樹大くもいきひろという名前を、巡葉は『きーくん』と呼ぶ。


「捧げたって……なんだよそれ。俺はお前を縛るつもりなんかないんだよ。俺はそんなことよりやりたいことをして輝くお前が見たい!」

「いつもそうじゃん! 私のことばっかりできーくんは全然自分のことを考えてない! 私だって、きーくんが輝くところを見たいの!」


 声を荒げると凄い剣幕で返されて若干怯む。

 ……というか何を言ってるんだこいつは。


「お、俺が輝くところが見たいだぁ? 別に俺はアイドルも芸能界も目指してないっての」

「そうじゃなくてさ!」

「じゃあなんだよ! 物理的に輝けばいいのか!? 全身にアルミホイルでも巻いてればいいのかよ!」

「……うふっ。そ、それは、違うんじゃない?」

「……違うな。うん、ごめん」


 ヒートアップしてわけのわからないことを言い出すのは俺の悪い癖だ。

 何を想像したのか、耐えられなくなって吹き出す巡葉に雰囲気が壊れる。

 ツボに入ったらしく、しばらく巡葉は笑った。

 時間にして数分は笑い続けたと思う。

 それを見て俺も笑った。

 一緒になって声を上げて笑った。

 周りの人達や警備員に訝し気に見られている事に気付いてはいるが、俺達はそんなものも気にすることなくただひたすらに笑った。

 バカップルだなんだと思われているに違いない。


 しばらくして、巡葉は目元に浮かんだ涙を拭い、笑みに寂しさを乗せながら呟いた。


「ねえきーくん」

「うん」

「あのさ」

「わかるよ。多分俺も同じこと考えてる」


 落ち着いてから俺達は頷き合った。

 そして声を重ねる。


「別れようか」


 お互いに、一緒にいない方がいいと思った。

 嫌いになったわけでもないし、どちらかが一方的に悪いというわけでもない。

 ただ単に、一緒にいたところで互いの望む関係に発展することはないだろうから。

 今のやり取りで痛感してしまった。

 恐らく、俺達はずっとすれ違っていたんだろう、と。


 巡葉の”俺に全て捧げた”という発言と同じく、俺も俺で彼女の決意に人生を人質に取られたようなスタンスになっていた。

 俺が幸せにしないと、という重圧で実は裏で何度も吐いてきた。

 楽しいだけが恋愛じゃない。


 それに彼女も当然気付いていた。

 そして今日、今に至る。


 これでおしまいだ。

 今日この瞬間を持って、俺達の物語は終わりにしよう。


「じゃあね」

「うん」


 去り際はあっさり。

 だけど今後二度と関わらないわけでもない。

 いつかまた別の関係性で、それこそ酒でも飲みながら笑える間柄になれたらそれでもいい。


 向かう駅は同じなのに、俺達は踵を返して真逆に歩を進めた。

 残るのは、クリスマス前の喧騒に包まれた輝かしいイルミネーションだけである。

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