13/14話

「おい。お兄さん、何のマネだよ」


「黙って去れ。中山道の縄張りに戻れ。そして二度とここに来るな」


「それはこっちのセリフだよ。二度と俺の目の前で正義ぶるな。田舎侍」


「俺は田舎侍かもしれないが、お前らはどうだ? 畜生ども」


 治五郎の顔から薄ら笑いが消えた。そしてまわりに目配せをすると、取り巻きの男たちは刀を抜いた。


 剣呑な様子に野次馬がざわめき、かすかな悲鳴が聞こえて後ずさる。


「おいお兄さん。そこで這いつくばって謝れよ。まだ許してやる」


「お前らに下げるような頭は、お袋からもらってない」


「じゃあ死ねよ! おまえら、やれ!」


 治五郎の号令とともにごろつきどもが五人がかりでつっこんできた。


 こいつらは逃げ場がないのだ。


 言うことを聞かずに腰が引けていると、仲間内の序列が下がってしまう。舐められてしまうのだ。だから奇声をあげて自分を鼓舞し、吶喊するしか選択肢がない。


 まったくもって、願ったりだった。


 手前から迫る刃を鞘で打ち払い、そのまま懐に潜り込む。柄を力一杯に喉仏につっこむと、喉仏が潰れる音と手応えがあり、男はその場に倒れた。


 二人目は見るからに腰が引けていた。だから情けない股ぐらに鞘をたたき込んでやると、哀れな悲鳴をあげてうずくまり、動かなくなった。


 三人目と四人目の刀が、奇声とともに振り下ろされる。それを半歩下がってかわす。そして右手で刀を抜き、鞘を後ろへと走らせた。


 一瞬で抜き身になった俺の刀・筑紫信国つくし のぶくには、右回りの円弧を描いて正面に迫る喉笛を断ち切る。


 気の抜けた笛のような断末魔が響き、飛び散った血の朱が四人目の顔を洗った。

 その慄いた顔に向け、刀の切っ先を突きつける。


  真っ正面から見た刀は薄い。だから距離感がつかめなくなる。


 間合いを見誤った間抜けに命はない。がら空きの左手首を落としたあとは首筋に一撃を入れて始末した。


 五人目は、と思ったが、すでに俺の鬼気にあてられて腰を抜かしていた。


「ウォォォォオーッ!」


 熊男が咆哮した。茶屋の長椅子をひっつかみ、振り回してこちらに向かってくる。そして左からは痩せ男の浪人者が回り込んできていた。


 俺は塗笠をぬぎ、熊男の顔へとめがけて投げつける。避けようともしない熊だったが、その様子を見て俺は「莫迦が」と独りごちた。


「いってぇっ!」


 投げた塗笠は熊男の顔面へまともに直撃した。顔をかばってうめく様子から、鼻を折ったのかもしれない。


 投げた塗笠は、そこらの傘屋で売ってるものではない。薄い鋼で裏打ちされた、いわば陣笠の改造品なのだ。


 見た目よりもずっと重く、投げつけられたらただではすまない。

 そんな暗器のような笠を顔面にうけた熊男は、顔を押さえて隙だらけになっていた。


 機を逃さず駆けより、がらあきで刺突しやすそうな大胸筋へ刀の切っ先を突き込む。


 肋骨は意外と硬い。下手をすれば急所を外してしまう。だが骨と骨の間、つまり肋間に沿って刃を横倒しで突くと、刀は肉をスルリと裂いて奥へと入っていく。


 一撃を入れたあと、さらに首へ一太刀いれる。熊退治はあっけなく終わってしまった。


「このやろぉっ!」


 背後でなにか、鈍いものが風を切る音がした。俺はとっさに刀で受け止めようとしたが、さすがに不用心だった。


 気がつけば刀身には分銅がついた鎖が巻き付き、それをたぐる痩せた男が得意満面の笑みを浮かべていた。


「兄貴ぃっ! やれぇ!」


 刀を封じている間に、前後から挟み撃ちにする腹づもりらしい。だが俺が挟み撃ちだと見切ってしまっていたら、それはもう算段がくずれているのだ。


 鎖で封じられた筑紫信国つくし のぶくにを痩せた男に投げつける。すると男は簡単に狼狽えた。


 こいつらは本当に胆力が無くて、弱い。


 脇差に手をかけ、男の左側をすり抜けると同時に脇腹をかすめるようにして切り裂く。柔らかい腹を割られた男は悶えて倒れ、そのまま絶えた。残心は必要なかった。


 振り返り、あらためて治五郎を正面に捉える。


 すると治五郎は、俺が投げた筑紫信国つくし のぶくにを奪い、腰が抜けて立てない取り巻きに預けているところだった。


 知らぬ男に刀を触られた俺は舌打つ。そして治五郎はこちらへ得意げな顔を向けてきた。


「あんたの得物、とっちまったぜ?」


「そうだな。だからどうした」


「その短い脇差で、どれだけ保つか試してみるか?」


 治五郎の顔が、愉悦をたたえて歪んだ。刀を抜き、二重の眼は大きく見開かれて俺を正眼に捉える。飢えた狂犬が、久方ぶりの獲物を見つめているような形相だ。


 治五郎に距離を詰められるより先に、俺は血だまりに突っ伏す熊男の骸に駆け寄る。そしてそばに落ちている塗笠を拾いあげ、あごひもを左腕に巻き付けた。


 笠の凸部を相手へと向け、半身が隠れるように構える。そして笠の影から脇差をのぞかせると、治五郎は訝しんだ。


「盾のつもりか? その塗笠が」


「そのつもりだが?」


「ただの笠だろうが」


「そう思うのなら打ち込んでこい、御託をならべるな」


「腰抜け! その脇差で戦ってみせろや!」


「いまの俺には、攻める利がない。茶屋の親爺は助かったし、娘も保護できた。有象無象はみんな血みどろで、残りはお前だけ。奉行所の役人もそろそろやってくるだろう。さあ、攻めなきゃならないのは俺か? それともお前か?」


 治五郎の口元がひくついた。

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