6/14話

 嫌な気分だった。同じ浪人者とはいえ、一緒くたにされるのは心外だ。そこまで俺は堕ちちゃいない。そのはずだ。


 渋々と、しかしつとめて顔に出さないよう平静を装ってちかづく。老爺たちが責め立てられてオロオロしているのが視界に入る。


 そして優男が持っているまんじゅうには、確かにハエが入っていた。


 それは黒々としていて、小豆あずきの粒よりもデカい。こんなもの、小豆あずきを煮ている時点で気づくだろうものを。


「デカいハエだなあ! なあ、あんた!」


 熊のような男が感嘆の声をあげ、俺に同意を求めてくる。

 頭が足りなさそうな芝居をうちやがって。


「おい兄さん。お前さんの湯漬けもあぶないかもしれないぜ」


 優男がいやらしく微笑む。

 こいつ、俺を巻き込んだうえ、口止めのために詐欺の片棒をかつがせる気か。


「爺さんよお! 俺たちとこの兄さんも合わせて、どう落とし前つけてくれるんだ?」


 矢継ぎ早に繰り出される悪態。茶屋の老人二人は、声も出せないでいる。

 そして俺はいいかげんイラついていたし、先を急ぎたかった。


「御免」


 そう断ってまんじゅうのハエに手をのばし、つまみとった。


「あっ! おいっ」


 優男がとめようとするのも構わず、俺はしげしげとハエを眺めた。


「見事なハエだな? よほどいい餌を食って育ったんだろう」


「それだけこの茶屋が汚いってことだろ?」


「どうかな」


 俺はハエを指で潰した。その亡骸はくしゃりと乾いた音をたて、六本の足も二枚の羽も、頭も胴体もなにもかもパラパラと崩れてしまった。


「乾ききっているな、このハエは」


「おいおい、せっかくの証拠を……」


餡子あんこの中にまじっていたとして、ハエがこんなに乾いたままでいると思うか?」


 俺の指摘に、ごろつきの一味は凍りついた。


「どこかで死んだヤツをとっておいて、懐紙にでも包んでいたんだろう? それを自分の食いさしにのせて、いちゃもんをつけて歩いているのか」


 老爺たちは俺と優男の顔を見比べている。何が起こっているのか、理解が追いつかないらしい。


 やがて目の前の優男は、ゆっくりと薄い唇を割って笑みを浮かべた。


「参ったね。見るからに同じ浪人者だし、のってくれると思ったんだけどな」


「悪ノリは嫌いでな」


「そうかい。だけどな、俺らも引き下がれねえんだ」


「うん?」


「だって、そうだろ? 老いぼれどもの目の前で恥かかされて、この『ツバメ治五郎じごろう』がナメられたままで終われるかよ」


 燕の治五郎? 聞いたことがない。

 どうせ俺と同じ、どこぞの田舎侍だろう。


「では、どうしろと?」


「俺たちは九人、兄さんは一人。そういうことだ」


 治五郎がそういった途端、まわりの取り巻きたちの目つきが変わった。


 まったく、卑怯な奴らだ。このハエが仕込みであろうとなかろうと、この場で暴れてやると言っているのだ。


「では、俺がこの場の代金を払おう。それでどうだ」


 すると治五郎は緊張を緩め、ふっと笑った。


「悪いな兄さん。馳走になるよ」


 治五郎はまんじゅうをほうり投げ、肩で風を切って外へ出ていく。そして仲間たちもぞろぞろと、金魚の糞のように動き出した。


「腰抜け!」


「さんぴん野郎!」


 チンピラたちが口々に罵声をあびせてくる。わざと肩をぶつけるように迫ってきたり、顔をのぞき込むようにして睨み、去っていく。


 なんとさもしい輩だ。あれが武士か? 刀をぶら下げていれば、すべからく武士だと勘違いしているのか?


「はああ! お武家さま! 本当におありがとうございます!」


 老爺たちは腰が抜けたように地面にひざまづき、俺を拝み倒そうとしている。


「おい、やめてくれ。災難だったな」


「助かりました! あの、お代はいただきませんから、どうか……!」


「そうはいかないだろう。せめて俺の代金ぐらいは払う」


「いえ! 命あっての物種ですので! どうか……」


「じゃあ一つ教えてくれ。この金はその手間賃だ」


 俺は老爺に金を握らせると、あらためて話を切りだした。


「俺はこの先の川越宿に用事があるんだが、その手前に茶屋はあるか?」


「たしかに、ええ。ございますが」


「あのな。俺は甘党でな? そこの茶請けが美味いと聞いてやってきたのだ。どんな茶請けを出すのか、知っているか?」


「ああ……。たしか、かすていら、とかいう珍しい菓子を売りにしていますが、ええ」


「そうか」


 間違いない。この先に、カステラを出す茶屋がある。



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 第6話を読んでいただき、ありがとうございました。

 第7話もぜひよろしくお願いいたします。


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