5/14話

「そこの茶屋にしましょうや!」


 街道の板橋方面から声が聞こえる。すると間もなくどやどやと、九人連れの男たちが、日差しから逃げるように舞い込んできた。


 俺と同い年に見える若い浪人者が三人。

 ひとりは女受けしそうな優男で、その両脇を頬のこけた男と熊のようにデカい男がかためている。そして町奴チンピラのような風体をした徒党が六人。


 みな帯刀していて、威勢がいい。


 店は突然に騒がしくなり、一行は店のあちこちへだらしなく腰掛けていく。


「親爺! おーい親爺!」


 浪人者のなかで、頬のこけた男が店主を呼びつけた。店主は慌てた様子で出てくる。


「親爺。湯漬けを九人分な。それと……」


 頬のこけた男は、一味のなかの優男に視線を投げかけた。優男はそれに気づくと薄っぺらく笑い、なにか目配せをした。


「あと、まんじゅうをひとつもらおうか」


「へい。お待ちください」


 店主は奥へと下がった。やがて男どもは、自分たち以外はそこにいないかのように遠慮なく振る舞いはじめる。


 六人の町奴チンピラは、明らかに浪人者どもの傘を着ている様子だった。

 つまり浪人者たちによって飼われているごろつきだ。


 だとすれば、浪人者どももろくな輩ではないだろう。


 頭目とおぼしき優男は整った顔立ちで、虫も殺せなさそうな雰囲気である。だが、こういう徒党の中にいる優男ほど関わっていけないものはない。


 俺は素知らぬふりをして、湯漬けを腹の中へ片付けた。面倒ごとは避けたい。できるだけ刺激せず、早いところ出ていこう。


「はい、おまちどおさまです」


 老婆が九人分の手ぬぐいを配っているあいだに、湯漬けが運ばれてきた。この店は食い物が出てくるのが早いのがウリらしい。


 ごろつきたちが、湯漬けをうけとったそばからかきこみはじめた。そしてまんじゅうを頼んだ優男はそれを二つに割り、片方を頬張っている。


 ずるずるくちゃくちゃという不協和音に攻めたてられ、俺はたまらず立ち上がろうとした。


 そのときだった。


「おい、爺さん!」


 俺が塗笠と刀を手に取ったところで、まんじゅうを食っていた優男が叫んだ。


 何事かとあわてて出てくる老爺に、優男は二つに割られたまんじゅうの片割れを見せる。


餡子あんこにハエが入っていたぜ」


「そ、そんなはずは……」


「口答えするのか? このとおり入っているじゃないか」


 優男が突き出したまんじゅうを、老爺のみならず取り巻きたちものぞき込んだ。


 遠目からはよくは見えなかった。が、まんじゅうの中を見たときの老爺はかなり困った顔をしていた。


「お武家さま。なにかの間違いでございます。ひらに、ひらにご容赦を……」


「ならんよ。もう片方は食ってしまったんだ。ああ気味が悪い!」


餡子あんこがハエ入りじゃあ、まさか湯漬けもなにかやってんじゃねえのかあ?」


 無頼どもの大仰な、芝居がかった態度をみて、俺はこいつらの素性を察した。


 武士に逆らえないのを良いことに因縁をつけ、飲み食いの代金を踏み倒そうとするクズだ。


「おいそこの兄さん」


 勘定を払えないまま傍観していたのがたたり、俺は頬のこけた浪人者に見つかってしまった。


「こっちに来てこれを見てくれよ」

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