じゃがいも姫

鈴音

芋と土臭い女の子

 数日前、実家の父から連絡がきた。

『今年は家庭菜園のじゃがいもが豊作なんだ。いくつかおすそわけしたいから、ついでに収穫の手伝いをしてくれ』と。

 同時に送られてきた写真には、相変わらず家庭菜園とは思えないほど広大な畑の写真。両親ももう、結構な年だし、じゃがいもは毎日でも食べたいほどの好物だ。それがただでたくさん手に入るのなら、断る理由もない。

 しばらく着ていなかったが、今でも問題なく着られる高校生のときのジャージと、少し前の焼き肉のときに使ったきりの軍手を用意し、当日、広大な畑とスコップ一本で勝負する覚悟を決めた。

 天気は快晴。柔らかな風が常に吹き続け、まさに秋の涼しさといった感じだ。

 腰を悪くしないように、軽くストレッチをしてから、さっそく枯れた芋の蔓とうねを目印に、慎重にスコップをさしこんだ。

 じゃくりと土をめくりあげ、ごろごろと芋を掘り出す。大きなものは、大人の自分のこぶしより大きく、ぎゅっしり重い。これを凶器として使うミステリーも書けそうだな……なんてくだらない妄想をしながら、黙々と掘り進めていった。

 時間にしてだいたい三十分。さすがに足腰に疲労を感じて身を起こし、休みながら残りの芋蔓を眺めていると、奇妙なものを発見した。

 うねの一番端っこ、畑の隅に、この時期にしては青々とした芋の蔓があったのだ。

 収穫の時期にはもう、だいたい枯れてしまっているものなのだが、これは成長が遅かったのだろうか。いや、だとしてもこれだけ立派なのは何かおかしい。

 少し考えたが、答えは出ず、父に連絡をしてみた。

 『よくわからんが、ほかの芋もあるし、邪魔なら引っこ抜いていいぞ』

 とのことだった。まあ確かに、来年もまたここに芋を植えるとなったら、綺麗にしておいたほうがいいかもしれない。

 芋の蔓をつかみ、腰を落としてから、一気に踏ん張ってみた。が、抜けない。

 よほどがっちり根を張っているのだろうか。それならと、スコップで周りのうねを少し崩し、用意していた小さいシャベルで土をほろってみた。

 すると、何か地中に埋まっているようで、日の光を反射してきらりと輝いた。その横に、布らしきものも。

 まさか、クマが獲物を残すためにやるという土饅頭? いいや、そんなはずはない。ヒグマは確かにいるが、ここらで人が死んだとなれば、大事になって私のところにも連絡が来るはず。

 嫌な考えが、冷や汗となって鼻先を濡らす。先ほどまでの、心地よい汗と違うへばりつくような汗に身を震わせながら、またさらに土をどけていった。

 するとどうだろう、そこにあったのは、じゃがいも型の小さなドーム。そして、その中で、すやすやと眠る小人の姿だった。

 大きく開けた口からよだれをたらし、いびきまでかいていたそれは、突然ぱちっと目を開けた。

 そして、きょろきょろとあたりを見渡したあとに私を見つけ、開口一番のたまったのだ。

 「旦那さま!」


 ――そののちのことだ。彼女はここいらに住んでいた先住民族たちが信仰していた神々の末裔。長い長い眠りの末に私に掘り起こされ、そして、あの発言だ。

 「旦那さま、はいあーん!」

 じゃがいもほどの大きさで、ちょっと土臭い彼女に、おいしいぶどうを食べさせてもらっている私は、驚きのあまりにのけぞって、腰を壊した。入院する羽目になった私を看病しながら、彼女はなぜ旦那さまなんていったのか、教えてくれた。

 「大昔、私とお付き合いしていた殿方にそっくりだったのです。でもでも、その人は人の子で、寿命でぽっくり逝ってしまったのですよ。それで眠っていた私を掘り起こしてくれた、あなたとの出会い! まさしく運命!」

 うっとりする彼女を横目に、父に送ってもらった、家に残る古い資料に目を通した。

 そこに記されていたのは、まぎれもなく彼女で。なるほど、これは運命といわざるを得ない私は、それでもまあ幸せになれるだろうと楽観視しながら、彼女との結婚を受け入れるのだった。

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じゃがいも姫 鈴音 @mesolem

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