【6】
歩の部屋は、ほとんどあの頃のままだった。
あちこちが傷だらけの日焼けした畳に、ヨレヨレのベージュのカーテン。足の低い小さなちゃぶ台に、ポケモンのキャラクターがプリントされたゴミ箱。小さな箪笥に、押入れの中の煎餅布団と黄ばんだ扇風機。
どれも埃を被っていたが、箪笥の引き出しがすべて開いている以外は、ほとんど在りし日の歩の部屋の光景そのままだった。
道中、というより家の中の他のどの部屋も似たような有様だったが、この家は今、どういう扱いになっているのだろう。一応は所有者がいる空き家なのだろうか。しかし、玄関の鍵が開いていたということは、人の管理が及んでいない廃屋なのだろうか。
分からなかったが、いつまでも懐かしさに浸っているわけにもいかず、歩の部屋を出た。そのまま、玄関へ向かって外へ出ると、既に空には夜の色が差し始めていた。辺りも、無人駅を降りた時より、ずっと薄暗くなっている。
……どうしよう。
途方に暮れていた時だった。ふと、あの神社のことを思い出した。敷地の外へ出ると、坂道の上手の方を向く。
……もう、行く宛など無いのだし。
薄暗闇の中を、トボトボと歩いた。やがて、山の中へと続く長くて急な石段の前へと辿り着く。
……ここへ来るのは、あの日以来だな。
あの日、俺たちは、ここで、そして、俺は―――。
疲れた身体の最後の力を振り絞るようにして、一段一段踏みしめながら石段を上った。どうにか上り切ると、見覚えのある建物が鬱蒼とした杉林を背に構えていた。
注連縄の残骸が引っ掛かっている石造りの鳥居。苔むして所々穴が空いた瓦屋根に、同じく苔むした柱や梁、戸板。柵が腐り折れて、ささくれ立っている縁側。
子供の頃から、あんなにボロボロに朽ちていただろうか。ここには危ないから近寄るなと大人から言いつけられていた為に、あまり寄り付かなかったので分からない。
ともかく、古い神社だった。いや、神社だったのかも分からない。ここへ参りに来ていた者など見たことがないし、管理していた者がいたのかも知らない。でも、賽銭箱があったし、紐のぶら下がった大きな鈴もあったので、一応は神仏の類を祀っていた場所だったのだろう。そういえば、かつては歩の親類が管理していたという話を耳にしたような気もするが、よく覚えていない。
トボトボと鳥居をくぐり、建屋の前に立った。懐かしい思い出が蘇ってくる。
あの日、今しがた上ってきた石段で、俺たちは特訓をしていた。
そして、ここで祈ったのだ。
どうにか、明日のマラソン大会で一番になれますように、一等賞の金メダルを獲れますように、と―――。
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