【4】
かつて、登下校の為に何度も通った道を歩いて進んだ。
白線の引かれていない道路は、子供の頃よりもずっと狭苦しいものに感じられた。傾斜も、こんなにきつかっただろうか。疲れた足では、上るのが苦しかった。こんな道程を、子供の頃は毎日、平気で通っていたのが信じられない。
まあ、でも、そうか。
あの頃は、何にも疲れてなどいなかったのだから―――。
下を向いていた顔を上げると、坂道にあの頃の自分たちを幻視した。二人でよく、この道を走って競争したものだった。
あの頃は、何かにつけて走っていた。事ある毎に、走っていた。走ることに、夢中になっていた。
なぜ、あんなにも走っていたのか。それは、通っていた小学校の一大イベントであるマラソン大会がそうさせていたのだと、今となっては思う。
確か、大昔のマラソンのオリンピック選手がこの地域の出身だったとかで、故郷に錦を飾った記念に、毎年大々的に催すようになったのだと聞いたような気がする。だが、その選手の名前も思い出せやしないし、大々的とはいえ、過疎化が進んだ片田舎の小学校が地域住民を巻き込んで行う程度の小規模な催しに過ぎなかったので、その威光はそれほどでもないものだったのだろう。穿った見方をすれば、こんな何も無い田舎だから、他に子供たちにさせるような特別な催しが無かったのかもしれない。
だからといって、当時は別に何も思わなかった。幼く、無知で、目の前に見える単純なものだけで構成された狭い世界しか知らなかったから。
だから、マラソン大会で一等賞を獲ること。それがすべてだった。小学生の子供にとっては、誰よりも早く走るのが、世界で一番になることだった。その世界が、どれだけちっぽけなものだったのかも知らずに。
でも、あの頃は、それが、すべてで―――。
気が付くと、坂道を上り終えていた。手前に、瓦屋根の二階建ての家が見える。あれが、かつて住んでいた家。
歩いて、敷地内に入る。中学二年生の頃に家庭の事情で隣の県に引っ越すことになり、それ以来戻ることも無かったので、実に十五年ぶりだった。父方の祖父の持ち家だったのを泣く泣く手放して売りに出したと後から聞かされたのだが、こんな片田舎の古めかしい家など買い手が付かなかったのだろう。
蔦がびっしりと這いまわっている外壁。割れた窓。苔むした瓦屋根。荒れ放題で周囲の山との境目が分からなくなっている庭。倒壊寸前の物入れだったトタン小屋。
もう長らく人が住んでいないように見受けられた。懐かしさは感じたが、雑草で荒れ放題の庭を突っ切って廃屋の中に入る気は起きず、踵を返して敷地の外に出た。そのまま、また坂道を上っていくと、今度は幼馴染――歩の家の前に辿り着いた。
敷地内にトボトボと入って行く。自分の家と同じく、誰も住んでいる気配が無かった。荒れ方はこちらの方がやや控えめだが、ほぼ同じ有り様だ。
でも……。
懐かしさを感じて、雑草を掻き分け、玄関の前へ向かった。
ここで、毎日のように歩を待っていたっけ。歩は寝坊助だったから、わざわざ
——―カラカラカラ……
気が付くと、俺は玄関扉に手を掛け、開いていた。
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