【2】

 ——―疲れた。

 そう思いながら、俺は無人駅の階段をトボトボと降りた。真夏の太陽は山の向こうに沈もうとしていて、辺りには夕方の気配が漂い始めていた。

 駅から出ると、誰かいやしないかと人の姿を探した。が、荒れ放題で手入れされていないらしき田畑や、ひび割れだらけでそこかしこから雑草が伸びているアスファルト道路の通り、錆びだらけの看板がポツンと佇んでいる小さな四阿付きのバス停には、誰の姿も無かった。長閑で開けていて、遠くの山の麓まで見渡せるというのに、誰一人として人間が見当たらない、無人の田舎の景色が広がっている。

 まあ、無理もない。自分が子供の頃から、既に過疎化が叫ばれていた地域なのだから。きっと、あのバス停も、ずっと前に廃止されているのだろう。

 疲れた足を引きずるようにして、踏み出した。トボトボと無人の通りを歩いて、かつて住んでいた家がある集落を目指す。

 くたびれた革靴が、カツカツと鳴った。同じくらいくたびれた薄っぺらい安物のスーツが、やけに重たく感じられる。そういえば、仕事用の鞄はどうしたのだろう。

 ……ああ、そうだ。もうどうでもよくなって、乗り継いだ途中の駅のトイレに置いて来てしまったのだった。別にいい。もう、自分には必要の無いものだ。

 ポケットの中から、サイレントマナーにしていたスマホを取り出した。時刻は六時半過ぎで、電波のアイコンは圏外を示していたが、電話の着信通知とLINEのメッセージが数件届いていた。開いて確認してみると、どちらも会社の上司からだった。LINEのメッセージを確認してみると、丁寧な言葉で飾り立ててあるが、要約すると「ふざけるな」、「お前のような役立たずは会社に要らない」、「もう明日から来なくていい」という旨の文言が送られてきていた。圏外で返信のしようもなかったので、スマホの画面を閉じる。

 はあ、とため息をつきながら、思った。

 なんで、こんなことになってしまったのだろう。

 薄暗く白み始めた変わり映えのない懐かしい景色を眺めながら、俺はぼんやりと過去を――ここで過ごしていた少年期の頃のことを思い出していた。

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