第20話 本当の始まり

☆――☆――☆


「お、きたきた」

 明るい空を見上げて勇者クレイはつぶやいた。隣でだらしなく足を広げて座り眠っている僧侶リーグルを揺り起こし、指をさす。

「ほら、心配してた奴らが帰ってきたぞリーグル」

 リーグルは小さくのびをして、目を細めて空を仰ぎ見た。はるか上空にちいさな粒のように見える、二頭のワイバーンの姿を見て、小さく微笑む。

「僕が心配してたのはヒルダであってルーくんじゃないから」

「なんだそのルーくんとかいうのは」

「飼い犬にはちょうど良い名前じゃん。ルーくん。ほんとの名前は忘れた」

「向こうさんの使者なんだろう。仲良くしろよ」

 クレイはあきれ果てて言った。リーグルはつんとすました。

「やだよ。ルーくん可愛くないんだもん」

「リーグル司教サマ。ちゃんとしろ」

「飼い犬を撫でてあげるくらいの慈愛の心は持ってるから安心して」

「だからそれじゃだめだって――」


 そうしているうちに、ワイバーンが着陸した。翼竜の上にまたがっている少女の姿を見、勇者は破顔した。僧侶もまた、こらえきれない笑みをこぼす。


「お帰り、ヒルダ」

「おかえり」

 





「ただいま。待っててくれたんだ」


 ヒルダはそうふたりへ声を掛けてから、ぐったりしているルシウスをワイバーンの背から引き剥がした。

「ルシウス、しっかりして。まだ吐いたらだめ」

「うっぷ」

「あっれえ、ルーくんどうしちゃったのかな」

 リーグルが嬉々として飛び出してくる。おちょくる気満々だ。ヒルダは眉をひそめて手を振った。

「リーグルどいて、邪魔」

 ヒルダは自分の背中にルシウスを背負うように立った。

「ほんとに邪魔」

「ちぇ、そんなに怒ることないじゃないか」


「で、やっこさんとの話し合いはどうだった?」

 クレイの問いに、ヒルダは微笑んだ。

「ちゃんと話し合いして、合意とれたよ。今日からでも工事に取りかかれる」

「よし、よくやった。それでだ、まずは何をする?」

「聖堂かな!」

 リーグルが口を挟んできたが、無視した。

「――それはルシウスが復活してから決めよう。私は契約専門。ルシウスは参謀だって、ファーブニールが言ってた。私もそう思う」

「契約? 契約って何だ。テイムじゃなくてか?」

「あとで詳しく話すよ。とにかく、町のことはルシウスと話しあっていこうよ。

 今にも何かを吐きそうなルシウスは、小刻みに震えている。

 新しい伯爵はルシウスをのぞき込んだ。

「じゃあ、とにかくこのあんちゃんを休ませてやらないとなぁ」

「私もベッドで寝たい。……だけどその前にやることがある」

 ヒルダは二頭のワイバーンを見つめ、ルシウスの身体をリーグルに預けた。

「ルシウスの吐き気をとってあげて」

「えー、やだ」

「やだじゃなくて、とってあげて。司教様」

「ええー……」

「……う」

 ルシウスがうめいた。

「吐く……」



「えっちょっえっうわっ最悪!! 最低! クソ野郎!」


 騒然とする町の通りに、ぽつぽつと人の姿が見える。ヒルダは大騒ぎするリーグルを尻目に、二頭のワイバーンに約束の朝食を提供した。

「ありがとう、助かったよ」

《また呼んでくれ》

「うん、必要になったら、ぜひ」


「ヒルダ! ヒルダ! 君の飼い犬なんとかしてよ! もう最低……!」

「飼い犬じゃないよ。相棒」

 ワイバーンが去った空を見上げて、ヒルダは静かに答えて、うんとのびをした。そして一言、

「私、寝るね。一睡もしてないんだ。あとはよろしく」

「こんの……ヒルダ! あとで覚えてろ!」

「忘れて」

「忘れるかぁ!」


 リーグルの金切り声と、クレイの笑い声が響いている。ヒルダはおおきなあくびを一つすると、ワイバーン酔いで参っている相棒に一言挨拶した。


「おやすみ、ルシウス。お疲れ様」

「おう」


 ヒルダとルシウスの間には、それさえあればよかった。


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