第5話 食べること生きること

「……もう夕食?」

「悪いか」


「モンスター肉料理専門店」の看板を見上げて、ヒルダは肩をすくめた。

「私は食べるの遠慮しようかな」

「食わないのか」

 ルシウスは意外にも、意外そうな顔を見せた。この超絶美形は、リーグルと違って表情豊からしい。

「うん、モンスター肉は食べないことにしてるんだ」

 モンスター肉を好んで食べる層がいることは承知している。しかしヒルダは、ヒルダなりの矜持で、モンスター肉を食べることを拒んでいた。

「……俺は容赦なく食うぞ」

「気にしないで、私の気持ちの問題だから」

 しかし、同行者にどうのこうのと説くつもりはない。それこそ個人の自由だ。

 ヒルダはやはり、ミルクを頼んだ。牛の乳。


 やがてワイバーンの肉が骨付きで運ばれてくる。ルシウスは手袋をはめたままの手で、それを綺麗にナイフで切り分けた。

「はぐれたときはどうなることかと思ったが、まあ、……よかった。使い物にならないテイマーと組むなんてごめんだからな」

 ルシウスは険のある言葉を使ったつもりだろうが、リーグルに慣れているヒルダにはあまり響かなかった。

「私は使えるテイマー?」

 ルシウスは嫌そうな顔をした。

「……自分でなんだかんだ言っておきながら、何をいまさら」

「あはは」


 ルシウスはその繊細な外見に似合わず、肉をがっつりと頬張り、豪快に咀嚼した。ヒルダは向かいでミルクを飲みながらそれを見守った。

 食事の態度に人が出ると言ったのは、ジャスミンだったか。それとも前世の誰かだったろうか。とにかくその人はヒルダ――前世の私にとって師匠のようなものであって、母親のような人でもあった。

 ルシウスは意外と食べ方が豪快だ。頬を膨らませ、片側だけで頬張る。だけど、肉を切り分けるときに白手袋を汚さないくらいには器用だ。そして、口元にソースや食べかすがついていない。


 なるほどなぁ。


「ねえ、ルシウス」

「……――なんだ」

 口の中のものを飲み込んでから、ルシウスは答えた。

「もしルシウスが今回の事業の全ての権利を握っていたとして――」

 ヒルダはコップの中のミルクを見下ろした。

「何から作る?」

「拠点だ」

 ルシウスは食事の手を止めた。

「どんな小さな拠点でも良い。とにかくその土地に根を下ろす必要がある。まずその物資を調達し、そこから開拓を始める」

「堅実だね。……堅実って言われない?」

 ルシウスは答えなかった。

「おまえは?」

「大体同じ。……拠点はあるものを使おうかなと思ってたところ」

「なるほどな。城塞を使うつもりか」

「そういうわけで、明日、ローレンの城塞を見に行こうと思ってるんだけど」

「俺もそうしようと思っていた」

 ならば、話は早い。


「じゃあ、私は宿屋に戻るよ。明朝、六時にここで会おう」

「わかった」


 ヒルダはミルクの対価を置いて席を立ち、その足で肉屋に走った。手伝ってくれた黒鴉二十三羽に約束した干し肉を仕入れるために。

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