第15話 お飾りの娘と新しい伯爵

――子供に用はない。 


 ヒルダは何度もその言葉を反芻した。子供に用はない。


のことなんざどうでもいい、俺はこの責任者のお兄ちゃんに聞いてんだ。どうするんだよこれから。俺たちはどうすればいいんだ?」

「おかざり……あの……皆さん……話、きいて……」

 二の句が継げなくなったヒルダの次に口を開いたのはリーグルだった。

「――皆さん、ここまでご足労いただきありがとうございます」

「あん?」

「僕は司教リーグルと申します。新生ローレンの地に聖堂を建てる予定です。その折りには、皆さんの協力を賜りたく」

 優雅に礼をして、司教はにこやかに告げる。勢いが弱まった大工たちの言葉の間をついて、ルシウスが大声で宣言した。

「荷物の移動はこちらで済ませた。宿の準備も済んだ。今は施工地となるローレンの地の安全確認を行っているところだ。安全が確認できしだい、工事に取りかかってもらう。それまでは待機」

「おお、そうか」

「話が早くて助かった」

 大工たちは口々に顔を見合わせた。そしていそいそと散っていく。行き先はおそらく酒場かどこかだろう。


――「話が早くて助かった」ぁ⁉

 打って変わってトントン拍子に進んだ会話に、ヒルダは思わず「むぎいいいいいいいい!」と叫びたくなった。しかしなんとかこらえて、奥歯をかみしめるにとどめた。そんなヒルダの頭を、リーグルがぽんぽんとたたいた。慰めるように。

「分かっているよ」とでも言うように。



「なんなの!」

 ミルクを空けたグラスをどんとカウンターに置いて、ヒルダはやさぐれた。なんだかこのシチュエーションが懐かしく感じられる。あれからまだ数日しか経っていないのに。

「なんなの、なんなの! あの人たち、なんなの!」

「落ち着いてヒルダちゃん」

 とおかみさんが言った。「ああいうひとたちは、ああいうもんなのよ。女とみれば見下すし、子供とみれば相手にしないの。その相手がどんな人かも知ろうとしないで」

 妙に実感の伴った言葉だ。同時にヒルダは、「子供に用はない」と言われたことをまた思い出してしまった。確かに十二歳、どれだけ見積もってもこども、だけれども!

「むぎいいいいいいいい……」

「ヒルダちゃん、落ち着いて」とレラがミルクのおかわりをくれる。ヒルダはそれを受けとって、コップを握りしめた。

「私だって王命を受けて正式に仕事をしに来た使者ですけど……⁉」

「落ち着いてってば!」

 レラが隣に座って、エプロンをたくし上げ、膝の上に置いた。

「ヒルダちゃんが頑張ってるの、あたしたち知ってるから!」

 先ほどのテキパキとした根回し――馬車のための空き地や厩と宿の手配――を知っているのはレラとおかみさんとそれからリーグルくらいのもので。

「手柄にしたいとかしようとか思わないけど、感謝の言葉の一つくらいこっちに向けてくれたっていいんじゃないのかなぁ……」

 ぎりぎりと歯を食いしばってヒルダはカウンターに突っ伏した。

「無駄よ無駄。無いと思った方がいいわ」

 おかみさんがため息交じりに言って、ヒルダの頭を撫でた。

「宿命ね」


 この世界に来ても「宿命」ってやつはヒルダを苦しめるんだろうか。遠い遠い思い出のガラスを一枚隔てて、ヒルダは前世のことを思い出――そうとしてやめた。

「やめやめ! この上嫌なこと思い出してどうするんだヒルダ!」

 ヒルダはミルクのグラスを一気に傾け、口の周りににじんだ白をぐいと手首で拭った。

「おかわり!」

 

「おお、思ったより荒れてるなぁ」

 カウンターの隣に座った男がそう言い、見覚えのある笑みをヒルダに向けた。

「……クレイ⁉」

「よっ」

 救国の勇者クレイは簡素な旅装のままカウンター席から身を乗り出した。

「麦酒はあるかな。葡萄酒ワインがあったら嬉しいんだけど、ないなら麦酒で」

「麦酒ですね、お待ちください」レラが言った。

「いつ来たの?」

「ついさっき。んで、リーグルと会った。いろいろあってご立腹で膨れてるだろうから慰めてやれときた。で。何があった」

 ヒルダは唇をとがらせた。「クレイに話したってどうにもならないし、いい」

「信用ねえな俺!」

 クレイは苦笑しながら、出されたビールのジョッキに手を掛ける。いつもより量が控えめな気がするのは、話を聞いてくれるつもりだからだろうか。クレイはなんだかんだ、優しい。

「あのさあクレイ。私が仮にもう十歳おとなだったら、…………良かったのかなぁ」

 クレイは少し考えてから、

「十歳……、二十二か。惜しいな。もう少し年上の方が……」

「真面目に!」

「お前は確かに年齢的には子供ガキだとは思うが。十歳年取ったからって中身は変わらないだろ。ヒルダはヒルダだ。俺やリーグルなんかよりずっと物事を心得てる」

「……ほ」

 クレイの赤みを帯びた茶色の――琥珀みたいな目がそう言う。ヒルダは少し泣きそうになって、うつむいた。

「――褒めたって、何も出ないから」

「本気で言ってんだぜ、信じてくれよ」


 これまで、この外見で侮られたことは数多くある。そのほとんどは、敵だったころの魔族とか、他のギルドメンバーたちだとか……でもそれはほんの些細なことだった。そう思えた。今日みたいに、相手にその手をはねのけられるのは、初めてだった。

 子供だから。


「俺のパーティのテイマーは、よくできたおとなだよ」

 ヒルダははなをすすった。そして差し出されたビールのジョッキに、ミルクのコップをかちんとぶつけた。


「ありがと」


 そういえば、クレイやジャスミンや……リーグルでさえ、私のことを対等に見ていてくれたなあ。

 ヒルダは今更ながらに、その事実に気づいた。


 ならばルシウスは?

 ルシウスは、どうなんだろう。

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