第14話 行きちがい、すれちがい

 あてなく西の方へと足を伸ばしても、ファーブニールの影も形もない。半径五キロでは足りないのだ。ヒルダは額ににじんだ汗を拭った。

「そもそもこの土地南北にも長いからなぁ。西のほうっていったって……」

「ドラゴンの詳しい情報はないの? それこそ王都のギルド掲示板とかに討伐依頼は出てないんだ?」

 リーグルがルシウスを振り返る。「ルーくんは詳しそうだったけど?」

「……この土地は百年前に戦争の主戦場になって以来、実質魔族の占領下にあった。それでいて魔族の方でも持て余していたような土地だ」

「占領したのに?」

 ヒルダが訊ねた。「占領したのに持て余すってどういうことなの」

「いつからか居着いていたドラゴンのせいだ」

 ルシウスは紫色の瞳を細めた。

「何度も言うが、あいつらは誰にも頭を垂れないぞ。魔族の方でもさんざん試したらしい。だが、無理だ。ワイバーンなんかとは訳が違う。やつの精神を屈服させるのは無理だった。魔族に大量の死傷者が出たという記録が残っている。千人の魔族の【呪縛】でも使役できなかったんだ」

 なるほど、ルシウスが最初からファーブニールの事を知っていたのはそういうわけか。


「……要するに」

 ヒルダは荒涼と続いていくローレンの土地を見わたした。

「ここは長いことファーブニールの土地なんだ。じゃあなおのこと、許しを貰わないと駄目だね」


「手っ取り早く殺す手もあるけどね」とリーグルが言った。「アホの酒飲みと魔法学校の教諭をひとりここに連れてくれば、あり得ない目ではないと思うけど」

「リーグル」

「でも――それは、ここにいるお嬢ちゃんが嫌がるからできないってわけ。わかる、ルーくん」

 ヒルダの声を無視して、リーグルはルシウスを見つめた。

「この子はね、物わかりが良くて淡泊で何の欲もないように見えるけど一度言い出したら聞かないよ。丸め込もうとすれば逆効果。見た目は可憐な少女だけど、中身は老獪な貴婦人だ」

「……やたら褒めるじゃない」

「褒めてない、僕はこの何にも分かってないルーくんにマウントを取りたいだけ」

 ヒルダはまたまたリーグルの背中をひっぱたいた。

「多方面に喧嘩を売るんじゃない!」


 なにが老獪な貴婦人だ。思っても居ないくせに。


 しかし意外にも、ルシウスはおとなしくその言葉を飲んだ。

「――覚えておく」

 気に食わない相手を言い負かして喜色満面の幼い司教を見、ヒルダは大きくため息をついた。リーグルには聞こえなかったようだが。


 そうしているうちに陽が斜めに傾いてきた。同じだけの時間を掛けて歩いて帰るのなら、そろそろ引き返さないと暗くなってしまう。と二人に告げると、リーグルがなんてことなさそうに言った。

「ワイバーン呼べば? ほら、いつもみたいに」

「ドラゴン……ファーブニールと空中戦はしたくないな。向こうに侵入をとがめられたら負けるよ。この土地は彼女の庭なんだから」

 最初からこの土地がファーブニールのものだと分かっていたら、ワイバーンに協力を仰ぐことにも慎重になっていただろう。協力してもらうモンスターの命を脅かすのは、ヒルダの本意ではない。

「なるほど」

 リーグルも納得したところで、元の道を辿る。魔法の白地図には、現在地と探索済みの範囲をルシウスに書き込んで貰った。

「魔道具って便利だね。スマホみたい」

「なんだそれは」

「別世界の道具。こういうふうに、触ると線が引けたり、ゲームができたり、いろんな情報にアクセスできたりする。一人一台は持ってたな」

 敢えて説明はしないで、前世の言葉を並べ立てる。

 ルシウスはヒルダのツインテールを見下ろして、小さく笑った。

「他にも手持ちがある。中には人間が持たない道具があると思うから――そのうち見せられるだろう」

「ちょっと楽しみだな」

 と、会話を聞いていたリーグルが、ルシウスを見て、ぽんと手を打った。

「なるほど、ルーくん魔族か」

 ルシウスの肩が、目に見えてこわばった。

「なんか、変に血が騒ぐと思ったんだよな。なら納得したよ」

「……俺が魔族だと、何か問題があるか?」

 リーグルは爽やかに言い切った。「ただ僕が君を心底気に入らないだけではなくて、僕の内なる女神が警鐘を鳴らしていたからというのもあったんだねって話」

「要点をまとめろ」

 歯を剥かんばかりにルシウスが言い返す。少し笑っている。

「君のことはやっぱり気に食わない。でも、今は君への敵対心をしまっておこうと思う。和平都市が築かれれば、魔族もそこに交じる。君への憎さのために全ての魔族を退けるようなバカなまねはしない。僕はその町の司教になるのだから」

「賢明だな、司教どの」


 リーグルをはじめ、女神に仕える能力を持つ僧侶は、どういうわけか魔族に過剰な反応を示すことが多いと聞く。半分だけ魔族であるルシウスのそれを感じ取ったのだとすれば、リーグルはこの先大変な苦労をするのではないだろうか――。

 ヒルダはそう思ったが、黙っておいた。




「あれ?」

 村の入り口にさしかかると、広場に大量の木材を積んだ馬車が何頭も停まっているのが見えた。それをみたルシウスが舌打ちし、駆け足で走り寄っていく。


「なんだあれ」

 ヒルダのつぶやきとルシウスの言葉が重なる。

「……――いったん工事は中止だと言ったはずだが」

「しらねえよ、準備はできたし、来ちまったもんは来ちまった!」

 リーダーらしい男がルシウスを見上げて声を張る。年配の男性だ。

「工事の予定はしばらくない」

「じゃあどうすんだこの荷物。このままか!」

「どうするもこうするも……」

「連絡が遅いんだよ! 来ちまったじゃねえか!」

 ルシウスがその気難しそうな男性に手こずっている間に、ヒルダは目を閉じた。馬は六頭。それぞれに重たい馬車が繋がれている。


「ルシウス! 馬車をおけそうな広い土地をレラに聞いてくる。リーグルは馬車を誘導して」

 ヒルダは宿屋に走り込み、レラに空き地を紹介して貰うと、すぐさま彼らをそこへ誘導した。六台の馬車とその積み荷をおさめ、馬をうまやに連れて行く。彼らは非常に疲れ切っていたので、自腹でにんじんを買って与えた。

 そんなふうにヒルダが気を回している間にも、ルシウスと男の言い争いは続いている。

 ヒルダはレラに頼んで、人数分の宿を用意するよう根回しして貰うことにした。


「えっと、……大工さんたち?」とレラが聞いた。

「そうみたい。何かの行き違いで、業者さんたちが来ちゃったらしい」

「ギョーシャって……」

「私達が取りかかる事業を助けてくれる人たち」

「待って。そもそもヒルダちゃんたちは何をしに来たの?」

「ローレンの土地にまちづくりをしに」

 早口で説明したヒルダは、全部「つけ」にしておいてくれと言い添えて宿屋を出た。


「すみません、行き違いがあったみたいで」

 ヒルダが顔を出すと、いかめしい棟梁はこちらをちらと見ただけで再びルシウスをにらみ上げた。

「あの、すみません、宿を用意したので、まず――」

 ヒルダの言葉を遮るように、棟梁が口を開いた。


「――子供に用はねえよ!」


 ヒルダは言葉を失った。


 


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