第13話 金と銀のイケメンと少女

「ヒルダ! ヒルダじゃないか! ちょうど良かった、君の飼い犬なんとかしてよ」

 僧侶リーグル――いや、今は正司教リーグルか――がひらりと手を振った。

「飼い犬じゃない」ルシウスが即座に否定した。ヒルダは先と同じ言葉を二人へ投げた。


 「なにやってんの二人とも」



 聞かずとも分かる。見たところ、金のイケメンこと金髪のルシウスと、銀のイケメンこと銀髪のリーグルは、あろうことか道のど真ん中でカバディのように向かい合って威嚇し合っていたらしい。

 

 二人がそびえ立っているのはよりによって八百屋の真ん前である。野菜を売りたい店主のおばさんがどうしていいか分からないと言ったふうにヒルダに目をくれた。


「ほら、おばさんが困ってるから場所を移そうよ」

「どこに行くつもりだ、ヒルダ」


 ルシウスがやや険のある声音でたずねた。そういえば朝喧嘩別れしたのだった。目の前の光景が衝撃的すぎて忘れかけていたけれど。


「分かってるくせに。……せっかくだから付き合ってよ。二人とも」

「ローレンの城塞なら行かないぞ」


 ルシウスはかたくなだ。


「目的地はそこじゃない。もっと別の方向。ちょうどよく戦力も追加されたし、少し巣の場所を探ろうと思って」 

「どうも、戦力でーす」

リーグルがにやにやした。ルシウスは非常に嫌そうな顔をした。とても嫌そうだ。というか、最初に見立てた通り、イケメン同士は非常に、いやとんでもなく相性が悪いらしい。

「……ルシウス、嫌ならいいよ、リーグルと行ってくるから」

「いや。……俺はお前と同じ事業の責任者だ。ついていく」

「あれ、さっきと言ってること違いますよぉ」

 天使の美貌がにこにこと煽る。

「……俺には責任がある」 


 今まで見たことのない表情になっていくルシウスを見、ヒルダはリーグルの背中をひっぱたいた。


「リーグル。忠告しておくけど、ルシウスはジャスミンやクレイみたいに優しくないよ。もちろん私みたいに心広くもないから、後ろから撃たれないようにおとなしくして」

「そんなことありえないよ。――

 自信満々に鼻息あらく語るリーグルをじっとりと見上げる。確かにそうだ。確かに僧侶リーグルはそういう男だし、そういう術士だった。

 だがそれとこれとは別だ。

「……バカだね」

「あっ今バカって言ったな!」

「これから関わる人のことなめすぎ。リーグルは頭良いんだから、少し礼節を持ってよ。せめてルシウスに敬意を払って。そんなんじゃ立派な司教様になれないよ」

「子供の分際で大人に説教するな」

 天使が拗ねるので、ヒルダはしらじらしく、降参の白旗を掲げた。

「あー、はいはい、よおくわかりましたー」



 言い切った割に気乗りしないらしいルシウスを引きずって、ヒルダとリーグルはさっさと歩いていく。三年で培った関係性から、お互いの歩幅はぴったり合っている。

「ところでヒルダ。新生ローレンの地に僕のための聖堂を建てる話、どうなってる?」


 なんだそれは。


「初めて聞いた。初耳。新情報」

「ちゃんと王様にもクレイにも許可取ったのに!」


 リーグルが意味深に「また」と言ったのはこういうことだったのか。領主に次いで司教様まで知り合いで固まるなんて思ってもみなかった。


「現地に伝わってなきゃ意味ないよリーグル。それに工事はいったん中止になってるんだ。まだどこに何を建てるかも決まってない」

「なんで!」


 おおかた、聖堂の進捗でも見に来たのだろう。正司教って役職は暇なんだろうか。 


「それはこれからわかる」

 ヒルダは目を閉じた。「……まだ感知できないな」

 リーグルは即座にたずねた。

「何のモンスターが邪魔なの?」

「邪魔なモンスターなんかよ。……この平野の西にドラゴンが巣を作って住んでるみたいなんだけど、私は彼女と共存したいと思ってる。今はその巣を探してるところ」

「なるほどね」

 リーグルは銀色の髪をきらめかせながら、ヒルダの横顔をのぞき込んだ。

「ルーくんが言ってたのはそういうことか。ドラゴンが居ちゃ、一般人を入れるのは危険だ」


 ルーくんってだれだ、とヒルダは思ったが、後ろのルシウスがおおきな咳払いをしたので、何も言わずにおいた。


「そう。だから、あらかじめ彼女と接触しておきたい。こちらへ危害を加えない代わり、こちらも不干渉を貫くことをする。……町作りも何もかもそれからでしょ」

「君がそう言うってことはそれなりの勝算か思い入れがあるかのどちらかだね」

 リーグルが珍しく穏やかに言った。

「君が何かに夢中になるってことは、いいことだよ。昔は欲しいものもろくにない、希望もなければ夢もない、やりたいこともない……慈悲深い女神様のお与えになった何もかもを自ら捨ててしまったような……そんな子だったから」


 後ろのルシウスが聞いている。ヒルダはまたリーグルの背中をたたいた。

「うるさい、リーグル」

「僕は嬉しいよっていってんの」

 

 うるさいと言ったのに、リーグルはヒルダの後ろ頭をかき回した。

「髪が乱れる!」

「良い子はね、こうされる権利がある。……君に女神の恩寵があらんことを」


 ルシウスは数歩離れた後ろで、そんなヒルダたちの様子を黙って見つめていた。




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