第12話 方向性の違いにより解散
「きれい事でも絵空事でもない!」
ヒルダはテーブルについた手を拳に変えた。
「人間と魔族が共存していくのに、私達とファーブニールが共存できないのはおかしい。ファーブニールを殺して成り立つ和平都市なんか、いやだ。そんなの、ごめんだ」
泣き出したい訳でもないのに、ヒルダの目の奥は熱くなっていた。鏡を見たら、きっと泣き出しそうな十二歳の少女が映っているに違いない。
「『絵空事』って言葉の意味がわかるか? おおげさで、現実味がないってことだ。よく考えろ。ファーブニールの行動範囲内で工事なんか始めたらどうなるか。旧ローレンの地の二の舞だ」
「……私達の目的を話して、分からない彼女じゃない、そこまで愚かじゃない、彼女は理知的だ。それでいて慈悲がある!」
「じゃあその、理知的で慈悲にあふれたあの凶暴なドラゴンとどうやって話す⁉」
ルシウスもまた立ち上がり、だんとテーブルに手をついた。紫色の瞳はわかりやすく苛立っていた。
にらみ合うようになった二人の間には確かに火花が散っていた。
「私が話す」
「おまえ、バカなのか? あんな目に遭いかけてまだそれを言うのか?」
「やってみないと分からない」
「分かる頃には死んでるぞおまえ」
「死なない。きっとわかり合ってみせる」
ヒルダはすとんと椅子に座ると、未だ勢いの衰えない苛烈な紫色の目をじっと見返した。
「ルシウス。転生天才テイマーのヒルダって、あんたがそう呼んだんだよ」
「あれは――」
「肩書きに恥じない働きをしたい」
ヒルダは食事を再開した。ルシウスは行き場を失った憤りを、握り込む拳に込めた。
ヒルダのモンスター探知能力にも、限界がある。ヒルダを中心としておよそ五キロの範囲内のモンスターであれば、ヒルダは彼らをテイムできる。テイム――強制的な使役か、協力的な協力かにかかわらず、彼らの意識に入り込み、干渉できる。ふつうのテイマーがどうなのかは知らないが、以前会ったテイマーのひとりは、四頭同時に馬をテイムしたヒルダを化け物でも見るかのような目で見ていた。ヒルダとしては「たったの四頭」なのだが。
だからヒルダには、一応、「テイマーとしては規格外である」という自負がある。
例外があるとすれば、範囲内のモンスターの数が多すぎるときや、そもそもその種族のモンスターと初遭遇であるとき。そして、モンスターがヒルダの探知範囲外からやってくるとき。そうしたときには、ヒルダのセンサーは上手く作動しない。ローレンの城塞の石鼠は実のところ二百匹を超えたが、ヒルダはその全てに干渉をすることはできなかったし、ドラゴン・ファーブニールのことも探知できなかった。
まあ、ファーブニールに関しては、とヒルダは思う。
「あれは石鼠への干渉を解いた直後だったから、不意打ちと言えば不意打ちなのか」
独り言を拾い上げたレラが厨房からひょいと顔を出す。
「ヒルダさま?」
「それやめて。レラのほうが年上なんだから、ヒルダでいいって昨日言ったじゃない」
喧嘩別れのようにルシウスが去り、ヒルダは一人、宿の一階の酒場でぼんやりと頬杖をついていた。
「ヒルダちゃん、あの綺麗な人は?」
「いや、ちゃん、って
ヒルダは小さくため息をついた。
「喧嘩したみたいなかんじ」
「喧嘩?」
「方向性の違いで早くも解散しそう。インディーズからメジャーデビューするときのロックバンドみたい」
「な、なんて?」
レラが目を白黒させたので、気にしないで、とヒルダは手を振って曖昧に濁した。でも、ルシウスとの間に走っている亀裂に名前をつけるなら、「方向性の違い」が最もふさわしいような気がした。
ヒルダは目を閉じる。視界の外からレラが話しかけてくる。
「でも、あのきれいな人、とても優しい人だよねえ。すごくヒルダちゃんのこと大事にしてる感じがする」
ヒルダは何も言わなかったし、答えなかった。代わりに意識は空を飛んでいく。一キロ。二キロ、三キロ、四キロ……。
「……いない」
少なくとも五キロ圏内にファーブニールはいない。もっと遠いところに居るとみた。
ヒルダは立ち上がってから、レラを見つめて首をかしげて見せた。
「あいつが優しい? ほんとにそうかな。あいつが優しく見えるならそれは過保護だし、ただの子供扱いだよ。たった十二歳の子供と組まされてるから、自分がどうにかしなきゃって躍起になってるんだとおもう。まあ、逆の立場なら私でもそう思うから、ルシウスのこと責められないな」
ヒルダは視線を落とす。「好きにしろよ」と預けられた魔法の白地図はまだキラキラと光を放っていた。
「ち、違うと思うけどなぁ……」
レラもまた首をかしげた。ヒルダは姿勢を正し、魔法の白地図を手にすると、入り口の戸を押し開けた。
「夜までには戻るね、レラ」
白地図を頼りに、再びローレンの城塞に向かう。曰く西の方にあるというファーブニールの巣の場所を特定できないことには、干渉も交渉も何もできない。あるいは上手いこと移動中に行き逢わないものだろうか。
ファーブニールに対話の意思はないかもしれないが、傾聴の姿勢があることは知っている。和平都市を建設するにあたって、先住している彼女に許可を貰わなければ意味がない。
……などと考えていたところで、ヒルダは聞き知った声を聞く。
「いや、待って、待ってよお兄さん。話は通してあるはずなんだけど? 正司教だよ? 何十人に一人の正司教だとしても仮にも正司教だよ? 証、あるよ、見る?」
「だめだ。この先にはドラゴンが出る可能性がある」
「僕を誰だと――」
「正司教だろう。何度も連呼されてもう頭から離れない。正司教なのはわかった、だがこの先に通せないのは正司教だろうが商人だろうが何だろうが同じだ、諦めろ」
「僕の辞書に諦めると言う文字はない」
「バカかこいつ」
「あ、いまバカって言ったね? バカって言ったね?」
ヒルダは地図から顔を上げた。そして肩が揺れるほど、盛大なため息をついた。
「なにやってんの二人とも……」
道の真ん中には、金のイケメンと銀のイケメンがそびえ立っていた。
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