第11話 寝物語と絵空事、王命
魔王に書簡を届けるための、三年間の旅がどうだったかなんて、本人の口から聞くよりもその辺の吟遊詩人のほうが詳しいし話を盛っている。けれどレラはそうした盛った話よりも、ヒルダの口から語られる言葉で聞きたがった。
「私の父さんは、冒険者だったそうです」
「冒険者?」
通された一人部屋に明かりをともして、ベッドに腰掛ける。レラもその隣に腰掛けた。こんなに近い距離感は久しぶりだが、レラの人柄だろうか、不思議と嫌な感じはしなかった。
「私が幼い頃、手柄を立てて帰ると言ったっきり、パーティごと戻ってこなかったそうです」
「……そっか」
冒険先で命を落とす冒険者は少なくない。魔物に襲われて、あるいは魔族に襲われて――どちらにせよ、戻れなかったと言うことはそのパーティは全滅したのだろう。遺品を持ち帰るものも、死んだと知らせる人も居ない。全滅したパーティに待つ運命は悲惨だ。
「だから私、父さんが辿ったかもしれない冒険の旅のお話を聞くのが好きで……」
なるほど。レラの異様な聞きたがりにも理由があったのだ。
「――そういうことなら話そうかな」
「ほんと!?」
レラは敬語も忘れてヒルダに身を寄せた。ヒルダはされるがまま、うなずいた。
「その代わり、一日につきひとつね。時間を決めよう。夜の十一時まで。それと、ここには結構長居することになりそうだから、そのあたりをおかみさんに交渉してくれると、嬉しい」
「任せて!」
巧みに値下げ交渉を取り付け、ついでとばかりに一日の就寝時間も確保したヒルダは、そうとは気づかないレラの顔を見た。
「レラのおとうさんは、剣士だったかな?」
「多分。前衛職だったと思う」
ならば。ヒルダはクレイの事を思い出しながら、語り始めた。
「勇者クレイはどこにでも居るわかものでした。けれど人一倍、現状に対する不満を持っていました。なぜ人と魔族は争いを繰り返すのだろう……」
☆――☆――☆
「おはようルシウス」
「業者と連絡がついたぞ」
挨拶の代わりにかえってきたのは、簡素な報告だった。
「ぎょ、ギョーシャって、あんた」
ここは現代日本か?
「業者は業者、施工業者だろう」
ルシウスはさらりと告げてヒルダの前に座った。昨日と同じ食事をすでに始めていたヒルダは、麦パンをちぎるとスープに浸した。
「たまに……私の前の世界の言葉みたいなのが混ざるんだよね、この世界」
ルシウスのような現実離れした顔から「業者」なんて言葉が出るとは思わなかった。
「そりゃあ、異世界転生者はお前だけじゃないからな。少しずつ文化や言葉が流入するだろうよ」
「何万分の一っていったっけ」
「五万分の一」
「意外と多いなぁ」
そういうわけだ、とルシウスは言うと、昨日のように肉を頼んだ。
「ファーブニールのことも王都に報告済みだ。議会で結論が出るまでは工事はできない」
「いつの間にそんなことやってたの」
昨日だよ、とルシウスは目を細めた。「お前がおとぎ話を繰り広げている間にぱぱっとやったさ。――で、どうだった、昨晩は」
「まあ巡り巡って宿泊代が浮いたからその点はルシウスに感謝してるよ」
ルシウスが目を丸くした。文句を言われるこそすれ礼を言われるとは思わなかったのだろう。
「毎日の食費が半額になるくらいの値引きがあったからね」
「何をどうしてそうなった」
「ルシウスのおかげ」
ヒルダはにやりと笑って見せた。そしてスープを掬うと、口へ運ぶ。
思い出すのは、ファーブニールのことだ。
「……ファーブニールと対話するのは可能かもしれないけど、向こうが話し合いのテーブルについてくれるかはわからないな。……あの感じ」
あの、流れ込んでくる感情の奔流。
『人間を信じるな!』
「ファーブニールは人間不信だ。しかもとんでもなく根深い」
「お前、まさかテイムしようとしたんじゃ」
「あんたが言うようなアホじゃないからそんなことはしてない。目が
ヒルダは匙を見つめた。
「真摯な命ごいを無視するような
ルシウスがため息をついた。食べかけの肉にフォークを突き刺し、手袋ごしの手を握り合わせた。
「ファーブニールの目があるといつまでも施工に取りかかれない。何にしろ、作業員を危険にさらすことになる。だから俺は、王にファーブニール討伐を進言した」
今度はヒルダの食事の手が止まった。
「なんですって⁉」
「言ったろう、あれは人の手にも魔族の手にも負えない。誰にも
「だからって殺す?」
「お前だって害虫を駆除するだろ。それと同じだ。邪魔なものは排除する。邪魔なやつは殺す」
ヒルダは勢いよく立ち上がってルシウスを見下ろした。
「私は嫌だ」
「王命とドラゴンどっちが大事なんだ」
「どっちも同じくらい大事だよ!」
ヒルダはテーブルをたたかんばかりに腕に体重を乗せた。
「魔族の命と人間の命が両方大事なように!」
「さすが、救国の英雄、きれい事を吐くのが上手だ」
ルシウスがあざ笑うように言った。
「無理だよ、おまえのそれは絵空事だ」
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