第6話 かつて在った都市の事

 二頭のワイバーンは優雅とすら言える所作で二人を半日でローレンの地へと運び届けると、「じゃあ、また呼んでくれよな」とばかり尻尾を振って、飛び去った。ヒルダは両手いっぱいをつかってふたりに別れを告げた。

「……しっかし」

 ヒルダはため息をついた。

「ルシウスがワイバーン酔いするのは予想外だったな」

「……う」

 何か言いたげなルシウスが一瞬だけこちらをにらんでみせたが、即座に下を向いて口をおさえた。

「うぷ……」

 何を言いたいのかはなんとなく分かる。

「だって、顔からして俺の前に敵なしって顔なんだもん、そりゃ意外だったよ」

「うぐぐ」

「そうはいっても、人間って割と外見で判断しがちな生き物なの。ルシウスだって人間として生きてきて、なんとなく分かるんじゃない? うちの大酒飲みだって、それなりの格好してれば清廉潔白な勇者様に見えるんだって。他にも――」

 聖人君子――というか天使の皮――を被ったリーグルを思い浮かべながら、ヒルダはしょうがなく、彼の背中をさすった。分厚い外套越しに、に触れる。

 ん?

「……、ぜ、ぜえ、ぜえ、ふう」

 山を乗り越えたらしいルシウスが、ヒルダを見上げた。

「なんだ」

「え、あ、いや、なんでもない」

 ルシウスの背骨の形がまだ指先に感触として残っている。ヒルダは軽く頭を振ると、繰り返した。

「なんでもないよ」



 ローレンの土地には古い城塞と、国境沿いの、所々壊れた高い壁と――それ以外は何もない。

 在るのは歴史のみだ。


 荒涼たる大地。丈の短い草がうっすらと生えている。見える範囲で水場は感知できない。


「昔、人類にローレンという男が居て、この地に巨大な町を作った」

 ルシウスが、土を手袋の手ですくい上げてさらさらと風に流しながら、そうつぶやいた。

「この国が魔族と人類に分かれる前の話だ」

「……聞いたことないな」

「意外だな。お前ほど大人びたやつがこの誰でも知ってるおとぎ話を聞いたことがないと」

 さっきの意趣返しとばかりにルシウスが笑うが、ヒルダにはさほど響かなかった。

「……続きは?」

「ちっ。かわいげのないやつ」

 美形は吐き捨ててから続きをそらんじ始める。


「巨大な町は広がり、やがてこの町を中心に各地に文明が広がっていった。その意味で、この土地は人間にとっても、魔族にとっても始まりの土地だ。今ある全ての都市はこの土地に続いていたとさえ言われる。

 男の名を取ってローレンと呼ばれるようになったこの土地は、大陸の心臓部として各地に物資を送り出し、金を生み、そして富んだ」

「でも今は更地だね」

「そう。ローレンの町は燃えた。襲来したドラゴンの炎で」

 ヒルダは眉を上げた。「ドラゴン?」

「ああ、後世に『ファーブニール』と名付けられた伝説のドラゴンだよ」


 ヒルダはローレンの地、その巨大な空虚を眺めて想像した。かつてここに大陸じゅうに繋がった物流都市があったこと。そしてそれが――ドラゴンの炎で焦土と化すさま。


「ローレンの町は十日あまり燃え続けた。そして火が静まる頃には」

「――ドラゴンはどうしてここを襲ったんだろう?」

 ルシウスは嫌そうな顔をした。「おまえ、人の話の腰を折るのが趣味なのか?」

「別に趣味じゃないけど、結果は『こう』なんでしょう」

 遙か遠くまで広がっている無の大地を指して、ヒルダは淡々と続けた。

「なら、ドラゴン、……いや、ファーブニールはどうしてそんなことをしたんだろうって。思っただけ。意味もなくそんなことをするような生き物だとは、思ってないから」

 ルシウスは立ち上がった。指の間から砂がこぼれた。

「ドラゴンに対話を試みたやつは今まで生きて帰っていないと聞く。テイマーなんかもってのほかだ。あいつらは、使役されることを拒み、けっして隷従しない。魔族でさえ扱えない奴らだ。誰も奴らの考えてることなんか分からない」

「そういえば、さすがに私も、ドラゴンには会ったことがないな」

 逆に言えば、あの長いようで短かった魔族領への道行きの中で、出会わなかったのはドラゴンくらいかもしれない。

「おまえ、もし出会っても、テイムしようなんて考えるなよ。死ぬぞ」

ルシウスが言うのを、ヒルダは黙って聞いていた。



 少し歩くと、遠くに要塞の影が見えてくる。同時に、長くそびえる石の壁も。

「あれが魔族領との境界線?」

「そうだ」

「ということは、……ローレンの町が焼けたあとに作られたものか」

 いざ目の当たりにしてみると、あまりの巨大さ、広さにおののく。この白紙の土地を、これからかつてのように繁栄させよというのだから、気の遠くなる話だ。

「領地経営パズルゲームとは訳が違うな……」

 一時期それしか知らない子供のようにパズルをしていたことを思い出し、ヒルダはスマホが恋しくなる。

「なに?」

 何も知らないルシウスがこちらを振り返った。

「なんでもない、なんでもない」


 開きっぱなしの要塞の扉は蝶番ちょうつがいが外れかけていた。

「うわあ」

 中は表よりも悲惨で、あちこちに略奪のあとがのこり、あらゆる物品は破壊されるか持ち出されたあとのようだ。土埃と陶器のかけらが彩る一角を見下ろして、ヒルダは訊いた。

「ここって誰か住んでたの?」

 ルシウスが舌打ちをする。

「……そこまで調べていない」

「そっか、ならいいや」


 ヒルダは目を閉じた。数は百を超えた。多ければ多いほどいい。


「――手伝ってくれる?」


 

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