第3話 助っ人の、ルシウス。

 ヒルダはツインテールを翻して振り返った。

 立っていたのは痩躯の美しい男だ。

 パーティの仲間であった僧侶リーグルも「神に愛された美貌」とか褒めそやされるいい男だが、こちらの男はただ「美」という概念を押して固めて中から切り出されたような、神様が気まぐれにデザインしてできあがった最高傑作のように思われた。

 だからかもしれないが、ヒルダの彼に対する第一印象は「リーグルが妬きそう」だった。


「はい。ヒルダは私ですけど」

 男は紫色の目を細め、何か興味を失ったように、長めの髪の先をいじり回した。

「なんだ、ほんのガキじゃないか。この国の王は一体何を考えてるんだ」

 ヒルダは青筋を浮かべてにこりと微笑んだ。

「確かに貴方にくらべればガキですが、救国の勇者一行のテイマーは間違いなく私です」

「へえ」

 聞いておいてその態度はいかがなものだろうか。ヒルダはため息をかみ殺し、努めて平静に訊ねる。


「で、ヒルダこと私に何のご用でしょうか」

「王命を受けた娘に手助けをしろと言われている」

「……手助け?」

「要するに、おまえの協力者ということだな。ここに、王命を受けた証がある、見るか? お前が持っているものと同じだが」


 見たくもない。


「いいです、見なくてもいいです」


 横から顔を出した女将が「注文は何になさいます?」と言い、男はぶっきらぼうにヒルダを指し、「そいつと同じのを」と答えた。同じのというと、ミルクになるのだが。

「ミルクですけど」

「何でもいい」

「いや、ミルクなんですけど。お酒とかじゃないんですよ?」

 男はヒルダの隣に腰を下ろし、カウンターに背をもたせかけ、ちらりと店の内部を一瞥いちべつした。じろじろと男を観察していた常連客たちがつぎつぎ目をそらしていく。

「チッ」

 男が舌打ちをし、女将が出してきたコップの中身を飲む。

「……なんだこれ」

「ミルクです。牛の乳」

 ヒルダはあきれ果てて言った。「だから言ったじゃないですか、お酒じゃないですよって」

 しかし男はさほど気にしたふうもなく、手袋をはめた手でぐいとコップを傾けた。


「さっさと本題に入ろう」


 ミルクのコップを片手にヒルダを見る美しすぎる男は、ポケットから小さくたたんだ紙を取り出した。

「これはローレンの要塞の地図だ」

 ヒルダがおそるおそる紙を広げていくと、それはおおきな一枚の白地図になり、やがてインクがにじむように網目のような線が描かれていく。

「魔法の地図?」

「まあ、それはどうでもいい。問題はここ」

 手袋をはめた指先がとんと一カ所をたたき、それから滑るように動いた。示されたのは、城塞から伸びる、長い長い建造物。

「これはかつて人類軍と魔王軍を分かった塀だ。王によると、この塀は最終的には取り壊されなければならない」

「取り壊す?」

 規模的に非常に大きく見える。これを取り壊すとなると、一苦労だろう。

「そのまま利用するのではなく、取り壊さないといけないんですか?」

「ああ、そうだ。無用の壁は壊すに限る。……この和平条約で『新生ローレン』と定められたのはここよりもっと東、この山脈のあたりまで。この範囲だ」

 男の長い指は流麗に線を描いていく。黄色い線で描かれたそこは、今までに見たことのない形をしてヒルダの前に現れた。

「魔族領にもまたがって……すごく、その、……広くないですか?」

「新たに伯爵領としてもうけることになっているらしい」

 男はさらりと告げた。「おそらく、そこで眠りこけているやつが新領主になるんじゃないか」


え?


 ヒルダは苦虫をかみつぶしたような顔をして、男の反対側でカウンターに頬をつけてだらしなく眠っているクレイを見る。よだれが垂れている。


「ううう嘘でしょ」

「俺がくだらない嘘を言うやつに見えるか」

「見えない。でも言わせて。嘘でしょ」

 頭を抱えてしまった。

 いや、でも名実ともにクレイが新領主、伯爵として立つのなら、新生ローレンの地も伯爵領として名目が立つ。つまり、直接ヒルダがあれこれと指揮をせずとも済むのだ。

 じゃあ――。


「仮に、新生ローレンの地が、クレイ伯爵領になるとして――」

 ヒルダは降って湧いてきた頭痛をこらえながら、美男を見た。

「じゃあ私は何をすれば良いの?」 

「簡単だ。今ここはただの更地。そこに、伯爵領が成り立つだけの中身をつくればいい」

「中身? 中身って?」

「伯爵領の中身だよ。おまえ、それでも天才テイマーなんだから少しは自分の頭で考えろよ」

「なんなのそれ!」


 一連のやりとりですっかり剥げきってしまった敬語を、ヒルダはもはや装い直す気にもならなかった。


「ていうか、あんた誰⁉ 名前も知らない人と私は協力体制を取るの?」

「うっかりしていた、すまない」

 ミルクを飲み干してコップをカウンターに置いた美男は、唇をなぞってから目を細めた。


「俺はルシウス。ただのルシウスだ」 

「ただのルシウス?」

「特に称号はないってことだよ、のヒルダ」


 美男、否、ルシウスは、「行くぞ」とだけ言い、席を立った。ヒルダは女将に二人分のミルクの対価を支払って、その後をおいかけた。





 

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