第19話 帝国の影

旅路は順調に進んでいたが、アレクシスは気を緩めることなく、周囲の警戒を続けていた。バルカニア帝国へ向かう道中には広大な森が広がっており、道は次第に険しくなっていった。馬の足音だけが響く静かな夜、ガブリエルが前方を見据えながら口を開いた。


「アレクシス様、森を抜けた先に帝国の国境が見えるはずです。そこから先は完全に帝国の領土ですので、より一層の警戒が必要です。」


アレクシスは静かに頷いた。「そうだな。だが、ここからが本番だ。バルカニア帝国の意図が何であれ、我々は冷静に対処しなければならない。」


カイルも口を開いた。「帝国はあくまで表向きは友好を装っているが、その裏で何を企んでいるかはわからない。俺たちは、いつでも戦える準備をしておくべきだ。」


アレクシスは兄の言葉に深く頷きつつも、今はまだ慎重な対応が求められると考えていた。「確かに、警戒は怠らない。しかし、今は彼らの真意を探ることが重要だ。」


ガブリエルはその言葉に同意し、周囲を見回しながら再び沈黙に戻った。


**


数時間後、彼らはついに帝国の国境に到達した。バルカニア帝国の境界線を示す巨大な石碑が立ち、周囲には帝国兵が警備をしているのが見えた。彼らはアレクシスたちを見つけると、すぐに警戒態勢を取りながらも、特使としての一行を迎えるために丁寧に応対してきた。


「アムリオ侯爵家のアレクシス様ですね。帝国はあなた方を歓迎いたします。どうぞ、こちらへ。」


先導する兵士の案内に従い、アレクシスたちはバルカニア帝国の首都へと向かった。進むにつれて、帝国の広大な領土が徐々に姿を現し、城壁に囲まれた巨大な都市が彼らを待ち受けていた。その壮大さに一行は一瞬圧倒されつつも、警戒心を崩すことはなかった。


**


帝国の首都に到着すると、アレクシスたちは皇帝の使者に迎えられた。使者はエリザベート・フォン・シュタインであり、先日アムリオ領を訪れた彼女が再びアレクシスの前に現れた。


「アレクシス様、ようこそバルカニア帝国へ。私たちはあなたの訪問を心待ちにしていました。」


エリザベートは微笑みながら挨拶し、アレクシスもそれに礼儀正しく応じた。「ありがとうございます。帝国の規模に圧倒されましたが、今回の訪問が有意義なものになることを願っています。」


エリザベートは頷きながら、彼らを宮殿へと案内した。宮殿内は豪華で洗練された装飾が施され、帝国の権力と繁栄を象徴するかのようだった。だが、アレクシスはその華やかさの裏に何か不穏な気配を感じ取っていた。


**


皇帝アーサー・ヴァルトとの謁見の時間がやってきた。宮殿の広間には、バルカニア帝国の高官たちが集まり、緊張感が漂っていた。アレクシスはその場に立ち、冷静さを保ちながら皇帝の登場を待っていた。


やがて、皇帝アーサーが現れた。堂々とした姿と威厳ある表情に、広間の全員が頭を下げた。アレクシスもその一人だったが、内心ではこの皇帝の真意を探ろうとしていた。


「アレクシス・フォン・アムリオ、よくぞ参られた。そなたの領地の成長は我々も注目している。」皇帝の声は低く、威圧感があったが、どこか友好的な響きも含まれていた。


アレクシスは丁寧に応じた。「皇帝陛下、貴国のご招待に感謝いたします。私はアルステア王国とアムリオ領の代表として参りました。両国の友好関係が一層深まることを期待しております。」


皇帝は微笑みながらも、その目には鋭い光が宿っていた。「もちろん、友好こそが我々の望むものだ。ただ、そなたの持つ知識と技術には、帝国としても大きな関心を寄せている。もし可能であれば、その一部を我が国に共有していただきたいと考えておる。」


アレクシスは一瞬言葉を選び、慎重に返答した。「我々が持つ技術は、アルステア王国全体の発展に寄与するものであり、当然ながら王国の利益を最優先に考えております。しかし、友好の証として、いくつかの分野で協力することは可能かと存じます。」


皇帝はその返答に満足そうに頷いたが、周囲の高官たちは何かを企んでいるかのような視線をアレクシスに送っていた。彼はその視線を感じ取りながらも、冷静に皇帝との対話を続けた。


謁見が終わると、アレクシスはカイルとガブリエルと共に一時的な滞在場所へと案内された。部屋に戻ると、カイルがすぐに口を開いた。


「アレクシス、どう思う?あの皇帝と周囲の連中の目つきが気になる。」


アレクシスは深く息をつき、椅子に座った。「確かに、皇帝は友好を装っているが、我々の技術を狙っていることは明らかだ。だが、こちらがそれに乗るわけにはいかない。今は、慎重に進めるしかない。」


ガブリエルも同意しながら、「警戒を怠らず、彼らの動きを見守るべきです。帝国は一筋縄ではいかないでしょう。」


アレクシスは頷き、決意を新たにした。「これからが正念場だ。彼らの本当の狙いを暴くためにも、我々は一歩先を読んで行動しなければならない。」


こうして、アレクシスは帝国の陰謀に巻き込まれつつも、冷静に次の一手を考え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る