第6.5話 遘√→縺ゅ?蟄舌?∝、「縺狗樟縺

 時々思い出す、地獄よりもむごい光景。


明らかに不気味な、誰もいない黄昏時の学校。中学校の制服を着た中学生の私。


家に帰ろうと思った瞬間、瞬く間に学校の音楽室の前まで移動している。

引き返そうとしても足は動かない。

私一人が壊れかかったピアノの前で立ち尽くしていた。


 ピアノが勝手に不規則な不協和音を奏でだす。

 音が重なる度に、次第に息ができなくなる。


 酸欠で倒れる瞬間、私は屋上に移動していて、私の上に馬乗りになった「あの子」の華奢な手が私の首を有らん限りの力で絞めていた。

 意識を手放しかける寸前、「あの子」はぱっと手を離したかと思うと、こちらが咽る暇もなく短刀を首筋に当てる。


 「縺ゥ縺?@縺ヲ諱ッ繧偵@縺ヲ縺?i繧後k縺ョ?」


 「菴輔〒遘√?驍ェ鬲斐☆繧九??」


 「雋エ螂ウ縺後>繧九°繧俄?ヲ遘√?縲∬ェー縺ョ1逡ェ縺ォ繧ゅ↑繧後↑縺?§繧?↑縺!」


 「あの子」はずっと何かをしきりに叫んでいた。


 私に対することなのだろうけど、顔だけ靄がかかっていて、表情も分からない。一通り言い尽くした「あの子」は、刃を大きく振りかぶって私を滅多刺しにし始める。


 耳を塞ぎたくなるような酷い音だけが聴こえる。

「あの子」は私を恨んで刺しているというよりも、刺されて苦しむ私を見て楽しんでいるように見えた。浅く刺したり、貫通させたり、刺した所からさらに刃を捻ってみたり。どうすれば私がより醜い姿になって苦しむのか、試しているようだった。


苦しい、痛い…違う、怖い。

痛みなどどうでも良くなる程に、恐ろしい。


 ピアノの滅茶苦茶な音が私の恐怖を煽るように勢いを増す。


 自分が死ぬことへの恐怖よりも、死なずにばらばらになるだけで激痛だけが残ったらどうしようとか、もしこのまま「あの子」が私を刺し続けて、気が狂って自分まで殺してしまったらどうしようとか、絶対にありえない事への馬鹿みたいに可笑しな不安が激流の如く押し寄せてくる。


 別に死ぬのは構わない。どうせ夢だと解っているのだから。

 ただ早く、この恐怖から解放してほしい。痛みよりも痛く、苦しい恐怖から。


 これが黄昏時でなくて真昼の空の下なら、私はもう怖くない。

 すべてが明るみに曝されたなら、私は「あの子」に殺されてもいい。


 とにかくこの再演が現実より少しでもましになればそれでいいのに、刺され方も、自分が置かれる状況も、酷く誇張されるばかりである。


 何ならこのまま現実世界で即死してしまった方が早いんじゃないかと思えるくらい、長い時間「あの子」は私を刺し続ける。

 「あの子」が止まるまで、私が死ぬまでの時間が途方もなく思えて目を閉じる。




 しばらくして唐突に、刺される感触が止まった。

 …まだ、死んでない。


 とどめを喰らったかすら分からない。

 最早刺された感覚すらなくなってしまった。

 

こわごわと目を開ける。


 視界は深い漆黒と赤銅色に染まっていた。

 ピアノの音も消えている。


ふと、手に何か硬いものを握る感触が浮かび上がる。

うっかり落としそうになって握り直したものは…朱殷に染まった短刀だった。


 足元の呆れるほど鮮やかな緋色の海。

 むせ返るほどの錆びた鉄の匂い。


 必然的に催された吐き気に蹲る。

どうにか持ち堪えてよく見ると、この緋色は私が握っている短刀から滴る雫が生み出したものらしかった。


 視線をゆっくり前方へ滑らせると、死んでいたのは「あの子」だった。

いや、「あの子」に見える自分なのか。

ぐちゃぐちゃな目の前のは、果たしてそもそも人だったのか。

目を背けたくても、首はそこだけ自らの意志を持っているみたいに動かない。


 太陽もないのに反射した光に、一瞬目がくらむ。

 光った方を見やると、不思議な鏡があった。そこに映るのは、目の前のこの惨憺たる地獄絵図と、顔がぼやけて映らない女の子の姿。真っ白で上等そうな服に身を包んだ女の子が、鋭く光る短刀を手に、こちらを見つめている。


 鏡の中で、目が合い、女の子が笑った、気がした。

すると鏡の中の彼女の服が、ぱっと深紅の飛沫に染め上げられる。


 女の子は、今度は確実に、鏡の中で高笑いを始めた。

狂ったように彼女が笑うたび、彼女の真っ白なワンピースが紅蓮に染まっていく。後退りして、逃げようとしたその時、鏡の少女はとうとう鏡を飛び出してきた。


 「…こ…っ、来ないで!」


 ようやく出せた声は、最早誰にも届かない。鏡の少女は可愛らしく小首を傾げる。ただし、彼女のいで立ちが組み合わさると、狂気染みているとしか言いようがない。ゆっくりとこちらへ歩み寄りながら、彼女が言葉らしきものを発する。


 「縺ゥ縺?@縺ヲ騾?£繧九??溘%繧後′雋エ螂ウ縺ョ譛帙?邨先忰縺ァ縺励g縺?シ」

 「…近づかないで」


言語とも認識できない音の羅列。認識できないのに、意味を理解してしまう。


 「辟。鬧?h縲りイエ螂ウ縺ッ遘√〒縲∫ァ√?雋エ螂ウ縺ェ繧薙□縺九i縲」

 「嫌!…ちがう…こんな、私なんか、」

 

屋上のフェンスに手が触れた。逃げ場を失った私は、せめてもの威嚇で少女を睨む。


 「縺ュ縺??ヲ繧ゅ≧邨ゅo繧翫↓縺励∪縺励g?溽ァ√□縺」縺ヲ縲檎ァ√?阪〒縺?k縺ョ縺ォ逍イ繧後◆縺ョ縲」


緩慢な動きで少女は私に手を伸ばそうとする。

 「違う…私は、」


 「縺ゥ縺?。倥▲縺ヲ繧ゅ?√←繧後□縺題カウ謗サ縺?※繧ゅ?√?檎ァ√◆縺。縲阪?縲後≠縺ョ蟄舌?阪?驍ェ鬲斐↓縺励°縺ェ繧峨↑縺??繧医?」

 「黙れ!!!」

振り翳した短刀が少女の像を切る。どろり、と気味の悪い液体が切り口からあふれ、やはりぼやけたままの顔に、彼女はにやりと笑みを浮かべる。


 「窶ヲ縺ゅ?縺ゅ?ゅ?縲∬ィ?縺」縺溘〒縺励g縺?シ溯イエ螂ウ縺ッ遘√〒縲∫ァ√?雋エ螂ウ縺ェ繧薙□縺九i縲」


ひゅるり、と回った少女の残穢が鏡に変わった。


 一瞬、映っているのは先刻の少女だと思った。着ている服はあの白いワンピースのままだったから。でも顔の靄は消えて、先程の少女よりいくらか背が伸びている。


 鏡の中の少女と、目が合った。こちらが手を握ったり開いたりすれば、向こうも同じことをする。向こうが自分の服を少し握れば、私も自分の服を少し握っている。


 「遘√?霄ォ莉」繧上j縺ォ縺ェ繧」


不意に、「あの子」の声がした。

その瞬間、生々しい音と共に、鏡の少女の服に緋色の牡丹が咲く。


 放置されていたブリキの玩具みたいな動きで体を見ると、制服はあの純白の装いに変わっていて、大輪の紅い花が咲き誇っている。

 その花弁はなびらを描いていた血は、自分のものではなかった。


 「…あ…ぅあ、」


 震える手でその紅に触れた途端、全身が真朱まそほ色の炎に包まれる。

痛みに叫ぶ気力すら湧かない。最早心地よいとさえ感じられる。


完全に、狂ってしまった。




 「お ま え の せ い だ」

誰のものでもない機械的な声が、頭の中に響く。



そうだね。

せいだよ。

自分でも…どこからどう間違えたのかわかんなくなっちゃったの。



 「ぜ ん ぶ ま ち が っ て る」



そうだね。

私がおかしいよ。

「あの子」が正しいの。


けどさ。

教えてくれるのは私の非ばかりで、直し方は教えてくれないじゃない。



 ねえ、私はどうしたらいいの?

 どうすればよかったの?

 …どうしてほしかったの?


答えの代わりに、胸の辺りを切りつけられたような刺激が走る。



















 「知らない」


無機質な声を合図に頭が真っ白になり、そこでいつも目が覚める。





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