第4話 恋愛不適合者、運命的な(?)出会いを果たします
昨日は色々とあり過ぎたせいか、今日は何だか無味に感じられる。
今は4時限目の国語で、自習。
『自由に過ごせ。無の時間から己を見出し、まとめてレポートにせよ。』というのが教科担任からの伝言らしい。僕は、図書室で好きな作家の小説を読み漁っていた。
席はスカスカだけど、座らない。立ち読みに勝るものはない、と個人的に思う。天井まで届く本棚同士の間で、その圧に囲まれながら、かと言ってそれに屈することなく、自分の世界に没入できる時間…これが、良い。
僕が好きなジャンルは、主に文学作品。
文豪と呼ばれる人々が活躍した時代の作品も、現代の小説も、どちらも好きだ。どの作品を読むかは、僕は題名で判断することが多い。題名で僕の心を少しでも引っ掻いてくる作品は、だいたい中身もいい意味での裏切りをたくさん秘めている気がする。中には恋愛を含む内容もあるが、それはそれとして楽しんでいる。
普通の人達はこういう恋愛をするのかと、僅かな羨望も本に注ぎながらだが。
さて、次は何を読もうか…
と突然、本棚がひっくり返ったような大きな物音がした。
急いで音の方へ向かうと、女子生徒が倒れていて、その周りに倒れた脚立と本が散らばっている。
「だ、大丈夫ですか!?」
僕と彼女以外に人はいないらしい。思わず駆け寄ると、その子はゆっくりと体を起こした。重傷ではなさそうだ。
「痛…あ、ごめんなさい。ただ脚立から足を滑らせただけで…。折角の読書をお邪魔して、すみません…」
「そんなこといいです!本当に大丈夫ですか?音も大きかったし、かなり分厚い本が落ちたみたいだし…。怪我とか、してませんか?」
「え、あ…」
彼女の反応を見て、自分が仕出かしたことを瞬時に理解する。
しまった。
初対面で名前も知らないのに、いきなりむやみに声をかけるなんて。
案の定、彼女は目を大きく見開いて硬直している。でもすぐに、ぱぁっと顔を輝かせ、「はい。ありがとうございます!」とにこやかに答えた。
「私、2年A級の
「あ、僕は神田美吹です…あれ?A級って…僕もですけど」
いくら他人と関わりを避けるとは言え、こんな女子は教室で見た事が無かった。
すると慌てて彼女は説明を始める。
「えっと…転校生なんです。諸事情あって初日に出られなくて。それで今日初めて来たんですけど、自己紹介ができないまま、今に至るというか…」
なるほど、そういう訳か。うちの担任はズボラな面がある。転校生、しかも高校生相手となると、ある程度の世話は委員長に任せているのだろう。
「神田君にこうして会えたのも何かのご縁かもしれないし…これからよろしくお願いします!」
「まあ…どうも」
できれば異性との関わりは避けたいし、こちらとしてはあんまり「よろしくお願いしたくない」のだけれど、かといってここまで純真な微笑みを見せられると邪険には扱えない。向こうが僕に、僕が向こうに恋さえしなければ、それでいいか。
僕の中に鮮やかに現れた彼女は、どこまでも無邪気だった。
レポートに、あった事を一部改変して書き、僕は無事課題を提出。
あの偶然の出会い以後、綾桐さんと絡む事が増えた(席がなんと隣だった)。
と言っても、教室では挨拶とか、質問とか、世間話とかなのだけど、図書室は別。
立ち読みに耽っていると、小さく物音がして、彼女が向かいの本棚の隙間から、メモ紙を送り込んでくる。内容も『神田君は好きな小説家はいるの?』『今度オススメしたい本があるんだけど、どうですか?』そして終いには『お昼、屋上で一緒に食べましょ!』と色々。こちらがペンがなくて返せないから後で本人に話しかける必要がある、ということを踏まえた確信犯だ。
まあ…ちゃんと返事はしているけど。
ある日、僕は例のメモを受けて、屋上で綾桐さんとお昼を食べていた。綾桐さんがお昼を誘う日は、確実に島﨑が昼休みにいない日を選んでいる。あいつがいると話しづらいのか、単純に僕が迷わないように気遣ってくれているのか。
そしてこのやり取りを始めてから数週間、僕は彼女について色々と気づいたことがある。
誘う割には、毎回大した会話はしないこと。
僕にはタメ口の時があるけど、クラスの人には未だ敬語を使うことが多いこと。
同性の友達は席が近い人との近所付き合い程度にとどめていること。
そして、僕よりも気配を消すのが上手いこと。
綾桐さん本人のことだから、別に僕がどうこう言うわけじゃないけど、容姿端麗だし、彼女…モテるのではないか?恋愛に蓋をした僕が言っていいか分からんけども。そんな彼女が僕と絡む理由が理解できなかった。
僕の隣で幸せそうに卵焼きを頬張る彼女に、水を差すようで申し訳ないと思いつつずっと気になっていたことを一つだけ尋ねてみる。
「他の友達は…作る気がないの?」
瞬きをひとつ、ぱちくりとさせた彼女は、不思議そうに僕を見た。
「ないと…だめかな?」
いや、無いのかい!
と実際に突っ込みたい気持ちをぐっと堪える。
「その…僕なんかより、女子で仲のいい人を作った方が良いんじゃない…?」
「神田君だって、島﨑君か私としか話さないじゃん」
悪戯っぽくそう言う彼女を見てぐうの音も出ない。
「それに、知らないの?神田君って結構モテモテなのに。僕なんかって言ったらもったいないと思うなぁ」
えらく間延びした声で鼻歌でも歌うように軽く、彼女はそう言った。そんな事言われても、と頭を捻りつつ、ふとある事に思い当たる。
「じゃあ、綾桐さんが僕に絡むのは、そういう恋愛感情を以てしてってわけ?」
自分の声が責めるような響きをもったのには知らないふりをした。
彼女の箸が止まる。露骨に目をそらし、俯いた彼女の口から乾いた笑みが漏れた。ゆるりと僕に向けられた顔の表情は、複雑に絡み合った感情が綯い交ぜになっているようで、少しだけ僕の心を刺す。
「それなら神田くんは、恋愛感情がなければ、絶対異性には近づかないの?」
言われてはっとする。何だか、静かで重く、でもどこかふわふわしたアンニュイな声。恋愛感情が先か、異性に近づくのが先か。考えたこともなかった。
「…解らない。僕は、恋ができないから」
「どうして?」
言い訳じみた僕の反応を、彼女は軽蔑するかと思いきや、疑問に思ったようだった。
「…単に興味がないの?それとも女子が嫌い?どうして…」
「あのさぁ、人には踏み込んで欲しくない領域ってのがあるだろ!何で態々話さなきゃいけないんだよ!」
何かに、触れるまで気づかないようなほんの小さな
でもその罅は、触れれば一気にすべてを崩す引き金になることも瞬時に悟った。
しくじった。…純粋な質問に対し、変に声を荒らげてしまった。
綾桐さんは一瞬顔を引き攣らせたが、その場をどうにか執り成すように、でも苦しげに笑った。
「…私、変だね。確かに、神田君が私に話す理由は微塵もないよ。今だって、私に無理に付き合う必要もないし…時間の無駄かもしれないのに…ごめんなさい」
泣きこそしないけど、震えた、消え入りそうな声で言い終わるや否や、彼女は荷物をまとめて足早に去っていった。
僕は、異性と接する最低限の能力も持ち合わせていないらしい。
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