第3話 恋愛不適合者、どうやらモテるそうです
「はぁぁ…」
翌日。清々しい晴天の下、僕、神田美吹は盛大な溜息をついて登校していた。
「よ!神田が溜息なんて珍しいな。幸せが逃げるぞ?」
後ろからかかった朗らかな声の主は、僕の悩みの一因だった。島﨑は毎日変わらず元気で、明るい。僕のテンションを勘違いしたらしい彼は、「ど〜したんだよ神田ぁ〜」と大袈裟な口振りで尋ねつつ、励ますつもりなのか僕の背中をバシバシと叩いてくる。すまん、島﨑。今それをされると、いろんな意味で痛む。
「あー、あのさ」
「ん、どした?」
一瞬、返事に困る。目の前の、恩人とも言える親友に、どう真実を伝えれば良いのか。昨日家に帰ってからも、ずっと頭の中をぐるぐると巡らせていた。
「その、昨日のは…告白じゃ無かったぞ」
「は……はぁあ!?ほ、本当に?冗談じゃなくて!?」
思っていた以上の反応に、寧ろこちらまで吃驚してしまう。島﨑は暫く、「まじか、そっか…」と頬を上気させて何度も呟いていた。
これは言わずもがなって感じか…
「島﨑…お前、宮瀬さんの事好きだろ」
ストレートに聞いてみた瞬間、島﨑が思いっきり転んだ。
「だ…大丈夫か?」
彼は無言のままがばっと起きて軽く土を払い、この晴れ空にも劣らぬ笑顔で僕に向き直ると、「やぁ、ばれたか!ははは!」と快活に笑って、別のことを話しだした。
よっぽど好きなんだろうな…。島﨑は宮瀬さんの事になると、途端に分かりやすすぎる程挙動不審になる。結構前から気づいてたけど…隠していたつもりらしい。面白いやつだと思う反面、僕の中に小さな罪悪感がぽっかりと浮かんだ。
島﨑には申し訳ないが、これは『嘘も方便』だ。…多分。
―「…ずっと前から神田君の事が好きです!私とお付き合いしてくれませんか!」
宮瀬さんの目はどこまでも真剣で、綺麗だった。
僕がこれから紡ごうとする言葉は、彼女を傷つけるとても鋭利な刃物であるとも分かっていた。それでも、僕は言わなければならない。非常に気は進まないが…初めてではない。小、中と進学する中で1、2回、こういう事はあった。
慣れるわけがない。全く興味のない相手ならまだしも、「いい子」と謳われるステレオタイプの純粋な女子の告白を振ることの負い目は半端じゃない。
深く息を吸って、ゆっくりと、細く、慎重に吐き出す。せめてまだ、悪い結果だと悟られてしまわないように。
「…ごめんなさい。僕は、貴女と付き合うことはできない…です。嫌いとかじゃなくて、僕の問題で…本当に、本当に申し訳ないんだけど…ごめんなさい」
薄桃色の唇をぎゅっと噛んで俯いたまま、暫く彼女は黙っていた。僕も居た堪れなくなってどうして良いか分からないまま、思わず一緒に俯いてしまう。そして突然、宮瀬さんは勢いよく顔を上げると、諦め混じりの吐息をふっと零した。その瞳に「悲哀」はない。寧ろどこか吹っ切れたような表情を繕っているように見えた。
「…分かった。ありがとう…ごめんね」
そう残して、彼女はだっ、と出て行ってしまった。
やっぱり…いや、いつまでも、僕が僕である限りこの結末が待っているのだろう。
病気のことは、誰にも言うつもりはない。理解してくれる人がいたとして、僕がその人にばかり迷惑をかける事になる。僕のへんてこな病気のせいで、普通なら絶対に考えることのない気遣いをさせてしまう。最早僕も、一人の方が気が楽なのだ。誰かと一緒にいる期間が長ければ長いほど、支えられる割合はどうしたって僕のほうが多くなる。自分だけが重く気を遣われるのは、嫌だ。
一時して我に返ると、完全下校時刻の10分前だった。
「あ…」
施錠して帰ろうとして、鍵は宮瀬さんが持っていたことに気づく。
…仕方ない、か。
残された僕は窓とドアをしっかりと閉める他なかった。
もし世界のIT企業が女子高生の情報網を模したネットワークを生み出したら。
…きっとどんなSNSやソフトウェアにも勝る、最速で莫大な情報を正確に伝達できる仕組みが出来上がるのではないだろうか。
昼休み、自席で惰眠を貪っていると、また症状が出た。
今度は地獄耳になったらしく、目を閉じていて判らなかったが、恐らく視力系が駄目になったんだろう。物音、雑談、運動場で囀る鳥の啼き声。そんなごった返す音の世界から、僕の耳はある噂話を拾った。所謂一軍女子と呼ばれる人たちの会話である。
「あ!王子・神田君が寝てる!寝顔も美しい&イケメン!目の保養だわぁ…」
普段、クラスの女子とはあまり話さない。これまで受けてきた視線からは、単なるクラスメイト、或いは興味なし、はたまた陰キャなどと思われているのだろうとばかり思っていたが…そんな風に思われているのか。というか、王子って…人を勝手に美化しないでほしいのだけれど?密かにツッコミを入れておく。
「ねぇ、聞いた?宮瀬、神田君に告白したらしいよ!」
「嘘…最悪!あんな子に取られるなら、もっとアプローチしとくんだったのにぃ!告白の度に振られたって言う話ばっかりだから、諦めかけてたんだよね…」
もうその話題が広まっているのか…ん?
…あんな子?「あんな子」って…宮瀬さんのこと?
「ふふん…そ・れ・が、振られたらしいの!」
「あはっ!ウケる〜!やっぱりアイツは無理よねぇ」
それまでの会話の中で一番大きな声をあげて、その女子は笑った。
「副会長と委員長兼任してるからって図に乗ってんじゃない?アイツ、妙に頭いいし。ここまでくれば恋愛も思い通りだとか思ってそ〜」
「ほんとにね、宮瀬とは中学から一緒だけどさ…猫被りがひどいのよ…」
「好きな人とか先生にはすごいもんね。…なんか、同性でも引くわ…」
その後もきゃあきゃあ騒いでいたけれど、僕は後頭部を鋼鉄のパイプで殴られたような気がしてそれどころじゃなかった。情報の早さ、正確さ…何より、副会長や委員長を務めるほど人望ある宮瀬さんに、そんな謂れがあること…衝撃が大きすぎて、午後はまともに集中できなかった。
女子って…恐ろしいや。
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