幼馴染と不可解なシフト表 後編

「僕と、ゲームをしませんか?」

 彼のその言葉に私の胸はドクンと音をたてた。

「ゲーム?」

 そう、それは私たちが初めて出会ったあの日に聞いたのと同じ台詞。

 でも、今度はいったい何を?

 も、もしかして、紀斗に直接会って話しがしたいとかだったらどうしよう。

 二人で私を取り合うなんて事になったら、私……。

「碧さん?碧さーん、おーい」

「えっ?あら?あっ、はい?」

 しまった。また空想の世界に一人旅立ってしまうところだった。

「大丈夫ですか?」

「ひえっ」

 私の顔を覗き込む蒼空君の顔が近すぎて思わず真っ赤になってのけ反ってしまう。

「だだだ大丈夫です、ごめんなさい。それより蒼空君の言うゲームってのはいったい」

 私の問いに彼は優しい目で微笑む。

「今から僕の考えを碧さんに話します。そしてそれを、碧さんに確かめて欲しいんです。僕の考えが間違っていたらあなたの勝ち。何でも良いです。何か報酬を考えておいてください。でももし、僕の言う通りだったら……」

「言う通りだったら?」

 私は思わずゴクンと唾を飲み込む。

 そんな私をチラッと見て、彼は穏やかな表情のまま、紙ナプキンにマジックで何事かさらさらと書きエプロンのポケットにしまい込んだ。

「僕の報酬はこちらに書いておきます。さあ、碧さん。いいですか?まず確かめて欲しいのは……」



「毎度ありがとうございます。真心商店でございます。おー葛城君か。もちろん覚えてるよ、これでも記憶力はいい方なんだ。どうした?ん、今か?今所用で他県にいるぞ。え?パソコン?ちょっと待てよ。いや普通に使えたぞ。昨日の夜、店で少し作業したからな。シフト表?いや俺は変更していない。エクセルの最終更新は先月の末になってたし、誰も触ってないと思うぞ。それより、丁度良かった。今日空いてないか?今朝急に電話が架かってきて今日のシフト入りの子が辞めるって言うんで困ってたんだよ。え?そいつの名前?大川って子だよ」

 翌日、紀斗と会って店長に直接電話させた私は、普通にパソコンは操作できること、店長はシフトを変更していないこと、大川が急に辞めたことを知った。

 そしてそれは全て、蒼空君が私に言った通りだった。

 しかし、それなら事態はより深刻になる。私は紀斗を急かして二人でバイト先に走った。

「あーっ!やっぱり無くなってる!」

「なんだよ。どうしたんだ?」

「わかったのよ。シフトのからくりが」

「なんだって!マジか?どうやって?」

「ていうかこの机見て何か気づかないの?」

「机?いやべつにいつも通り、物の山だぞ」

「そういやこの店っていったい何をしてるお店なの?」

「ここか?簡単に言うとこの地域の通販サイトだな。いろんなガラクタ集めて需要のある客に届ける。依頼があれば買い付けは県外までいくらしいが」

「なるほどねぇ、それで気づかないのかな」

「何が言いたいんだ?」

「私が初めて来た時から無くなってる物があるの」

「無くなってる物?さっきもいった通り売り物は入れ替わり立ち代わり変わっていくからなあ」

「液晶ディスプレイよ」

「おお、そういえば。いつの間にか売れたんだな」

「違うわ、持って帰ったのよ。きっと。大川って人が昨晩にね」

「大川が?なんでそんなことを」

「証拠隠滅よ。それと本来の目的である窃盗のね」

「証拠隠滅?窃盗?」

「ちょっと待って、本当に可能か調べてみるから。でも、何か代わりになるものはないかしら?この店は他にディスプレイとかパソコンとかないの?」

「古いノートパソコンなら確か使ってないやつが奥の棚にあったな」

「ナイス。すぐ持ってきて。それとUSBもあったらお願い」

「おいおい俺は今から仕事しなくちゃならないんだぞ。暇じゃないんだ」

「もう!シフトの謎の答えを知りたくないの?ちょっとは協力してよね」

「うっ。まあそうだな。だが手短に頼むぞ」

「大丈夫そんなに時間は取らせないわ」

 紀斗が奥から引っ張り出してきたノートパソコンを立ち上げ、事務所のパソコンモニター横に並べる。

 私はまずワープロソフトを起動させ「BLUE-SKY」と書きメモ機能に張り付けた。

「これを最小化しておいてっと」

「このノートパソコンって使ってないんだよね」

「おう。埃まみれだしな」

 私はノートパソコンの画面上にあるアイコンをすべてゴミ箱に移した。

「おっおい」

「後で復元するから大丈夫。次はっと」

 紀斗からUSBを受け取り、事務所のパソコンからデスクトップ上にあるアイコンを全てコピーする。それをノートパソコンに貼り付け、配置を全く同じに整えると、最後に最小化していたメモを画面上に表示させた。

「こういうことよ」

「どういうことだよ。BLUE-SKYってのはなんなんだ?」

「BLUE-SKYはシフト表の代わりよ。意味は気にしないで。それよりまだわかんないの?いい?大川は、こうやって、自分のシフトを変えるたびにあらかじめここに用意していた液晶ディスプレイを交換していたのよ」

「なっ?なんだと?」

「こうすれば、店長しか操作できない表計算ソフトを使うことなくシフト表を変更できるわ。まあ実際に代わっていたのはディスプレイ丸ごとだけど」

「私の要領で、同じディスプレイさえあれば同じ画面を使って、あとは自前のパソコンかなんかで同じようなシフト表を作って名前の部分を変えておけばいいのよ。シフト表なんて別に複雑でもないし、あんたみたいに写メ撮ってれば家に帰って同じものを作ればいいだけだしね」

「なるほどなあ」

 紀斗はしきりに感心している

「だが、待ってくれ。あれはどうなる。お前もここに来た時確認しただろ?画面は動かないしマウスも操作できなかった」

「ああ、あれね」

 それについても蒼空君は察しがついていた。大川の当日の動きを再現すればわかると。

「一度事務所のパソコンのほうの電源落として、線を全部抜いてみて。10秒以内で」

「はあっ?なんでそんなことを」

「大川って人がした事と同じことをするの。いい?彼はまず、そうやって電源を切ったディスプレイ線を抜いて」

 紀斗はえーと、どれだ?と言いながらめんどくせえと言い、線をすべて抜いた。

「その状態で新しいディスプレイに変えたとして、もう1度線を入れて」

「マジでめんどくさいな、どこに刺さってたっけ」

「ハイ時間切れ」

「なんなんだよいったい。これが何だってんだ?」

 あの日、バイトに来た大川は紀斗が来る前を見計らってディスプレイを変えた。しかし線をつないでいる途中で本来バイトに入る予定だった紀斗がやってきた。

「焦った大川はマウスのコードを入れる時間までは無かったってこと」

 そのまま配達の後にでも入れようと思ったのだろうが、その間に私たちが忍び込んだ。

 その時コードが刺さっていなかったマウスはうんともすんともしなかったというわけだ。

「まあ、紀斗も私もパソコンに疎いせいでてっきりロックかなんか掛かってるのかと思ったけどよく考えたらニセのシフト表は表示されてるんだから、ロック掛かってるわけはないもんね」

 紀斗はうーんと唸ると、なるほどとか、そういうことかと一人で感心していた。

「碧、お前って頭良かったんだな」

「ふふん。まあね」

 全ては蒼空君のお見通しってことだった。さあ、こうしちゃいられない。

「しかしわからんなあ。なんでこんなことを」

「なんでって。馬鹿ね窃盗よ。シフト変更はダミーで本来紀斗がシフトに入っている時間に大川は自分が働くフリして窃盗を行ってたのよ。紀斗だけじゃない。きっと他のバイトの人もやられてるわ。早く店長さんに早く伝えなくちゃ!」

「おお、そうだな」

 こうして、店長から警察へと事の成り行きが伝わり、大川はその日のうちに身柄を拘束された。もしあのまま気づかないままだったら、本来バイトだった紀斗の時間に物品が無くなっていて、紀斗に窃盗の容疑がかけられていたかもしれない。だって本来のシフト表には手が加えられていなかったのだから。そう考えると恐ろしい。危うく幼馴染が犯罪に巻き込まれるところだったのだから。



 次の日、私がBLUE-SKYで蒼空君に事の顛末を話すと、彼は満足そうに頷き、淹れたてのコーヒーの香りを深呼吸して吸い込んだ。

「でも、すごいね蒼空君。一体どうやったらあんなのわかっちゃうの?」

「ふふ、まあ昔ね。似たようなことをしたことがあるんです。パソコンのプラグを入れ忘れたり、ディスプレイが壊れて付け替えたり、ね。まあ経験によるものですね」

「なあんだ、そうだったんだ」

 彼が淹れてくれたコーヒーに砂糖を落としてかき混ぜる。

「ねえ、でも私が気になってるのはそれだけじゃないの」

「ええ、わかってますよ。結果は僕の勝ち。それでよろしいですね?」

「うう、何だろう。怖いなぁ」

 不安げに見つめる私を、彼はまたあの日と同じようにチラッと見て、エプロンのポケットから取り出した紙ナプキンを、スッと私の手元に置いた。

「こちらが、今回の僕の報酬になります」

 私はそれをゆっくりと開いて確かめる。

「ぅえぇっ?」

 書かれた文字を見て、私は思わず椅子ごとひっくり返りそうになって素っ頓狂な声を上げた。

 蒼空君の性格がにじみ出たような、綺麗で繊細な文字、

 そこにはこう書かれていた。

「その高級スイーツ店には、僕と一緒に行きましょう」


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