第29話 勝ち負けとか
「やりすぎだろ」
「反省してるのじゃ……」
跡形もなく破壊された森林の一角を見て、ユーリは呆れた顔をした。
戦うにしても周囲への配慮というものがある。マオの戦闘に気づいたユーリの驚きは並々ならぬものだった。なにせ、ぐっすり眠っていたというのに、突然の轟音に飛び起き、何があったのか外に出てみると魔王城が目の前にあったのだ。夢でも見ているのかと思って小屋に戻り、二度寝しようとしたところ再び激しい爆発音が聞こえたので、夢ではないと悟って駆けつけた。
ガレスたち第七遠征隊の隊員たちも駆けつけてきたが、深夜ということもあってマオが「詳細は朝になったら話す」と言って、取り敢えず皆を帰らせた。しかしユーリだけはこの場に残り、マオの説明を聞いている。
「で、襲ってきた黒装束の男には本当に心当たりがないのか?」
「ない。前世を含めても全くないのじゃ」
マオが百年の記憶を思い出しながら答える。
「恐らくその男の狙いは妾たち……というより、妾たちが持つ宝座じゃ」
「でも俺たち、宝座を持っていることを誰にも伝えてないよな?」
マオが「うーむ」と悩ましげな声を漏らした。
まさにこういう事態を恐れて隠していたのに、一体どのタイミングでバレてしまったのだろう?
「というか宝座が狙いって、具体的にどうするつもりなんだ? 宝座って物理的にあるわけじゃないし、奪えないよな?」
「初手で殺しに来ておったから、恐らく妾たちが死ねば自動的に宝座は消滅、もしくはそれに近い状態になるんじゃろう」
だとしたら、宝座を狙ってくる敵には交渉も命乞いも無駄だということだ。
「そういえば、最後に妙なことを言われたのう。確か、妾たちはマツイン計画の邪魔になるとか」
「マツイン計画ねぇ……マツインって何だ?」
「知らぬ。造語かもしれんのう」
食えんの? みたいな顔で訊くユーリに、マオは頭を振った。
どうやらこの大陸には、何らかの計画を推し進めようとしている個人もしくは組織があるらしい。マツイン計画とやらが、神聖エレヴァニス皇国の神々と接触する計画である可能性もゼロではないだろう。
「ユーリ。妾が襲われている間、拠点から姿を消している者はいなかったか?」
その問いの真意を、ユーリは瞬時に察した。
黒装束の男が、第七遠征隊の隊員であることを疑っているのだ。確かにその可能性もゼロではないが……。
「ハガットがいなかったな。いつも夜更けまで研究しているって言ってたから、不思議には思わなかったが……」
「……黒装束の男は洗練されておった。老体には不可能な動きじゃ」
ではハガットの線は消えた。
ユーリたちは塔からの帰り道で空間歪曲現象に遭遇した。ということは、犯人はユーリたちが塔に寄ることを知っていたのかもしれない。そう考えると第七遠征隊の隊員が怪しくなるわけだが、彼らと敵対する理由が思い浮かばない。
「よし――分かった」
考えた末、ユーリは言った。
「何が分かったというのじゃ?」
「何も分からないことが分かった」
「……のじゃ?」
首を傾げるマオに、ユーリは笑う。
「先へ進もうってことだ。……今の俺たちじゃ、何かを発見したところで未知の内容ばかりでよく分からん。こういう時は先へ進むのがいい」
「……確かに、お主の言う通りじゃな」
前向きなユーリの発言に、マオは微笑む。
「船でも同じことを言われたのう」
「そうだっけ? まあ俺は基本こういう考え方だからなぁ」
「そういう考え方のお主じゃから、妾は前世で負けたんじゃろうなぁ……」
「負けたって……いやいや、あれは引き分けだったろ?」
引き分けというか、最後は相打ちのフリをして決着をつけた。
途中からは、互いに勝負をやめている認識だったが……。
「妾の負けじゃよ。お主は……勇者は、魔王城の最深部まで辿り着いたのじゃ。あそこまで攻められたら、たとえお主を倒しても第二、第三の刺客がいくらでも妾のもとまで送り込まれる。城を攻略された時点で妾の負けなんじゃよ」
そう言われると、ユーリは何も反論できず閉口した。
何故か分からないが、ほんの少しだけ寂しい気持ちになった。
「……そもそも人類は魔族と比べて数が多いし、俺が勝ったんじゃなくて、種族の差みたいなもんだろ」
「個々の力は魔族の方が強かったはずじゃ。それでも人類は結束して魔族を妥当した。人類の力を束ねたのは、お主の勇ましい戦いぶりじゃろう」
「戦いぶりって言っても、女神に強要されたものだし……とにかく俺の力じゃないって」
頑なに否定するユーリに、マオは怪訝な顔をする。
「なんじゃ、何をムキになっておる?」
ユーリはすぐには答えられなかった。
自分でもよく分からない感情だ。だが、とにかく否定したかった。
ユーリは後ろ髪を掻きながら、訥々と己の感情を言葉にする。
「……俺は、お前とだけは、勝ち負けとかそういうのを考えたくないんだよ」
勝ち負けとか、上下関係とか、そういうのを目の前の少女からは感じたくない。
ユーリは前世の最期を思い出す。命を賭して倒さねばならなかったはずの宿敵は、その実、夢を共有できる相棒だと知った。あの瞬間、ユーリの心はかつてないほど躍った。理解者が現れたことに、そして何より本物の仲間ができたことに――。
色んなところを旅して、色んな景色を見て、色んな人と出会う。
それがユーリのしたかった冒険だ。
思えば――。
ユーリにとっての最初の出会いは――。
ユーリにとっての最初の冒険は――マオかもしれない。
「……恥ずかしいことを言う奴め」
マオがそっぽを向いて呟いた。
「……この青臭さも冒険の醍醐味さ」
「顔が赤いのじゃ」
「お前もな」
薙ぎ倒された森には、月明かりを遮る木々がなかった。青白い光に照らされた二人は、互いに顔を背けながら頬の色が戻るのを待つ。
冷たい夜風が心地よかった。
◆
朝、会議用の小屋に集まったマオは、ガレスたちに襲撃者の情報を共有した。
といっても共有できる情報はほとんどない。宝座のことを隠している以上、襲撃者が黒装束の男であることくらいしか説明はできなかった。
「ガレス、部隊を編成してほしい」
ユーリがよく通る声で告げる。
「空間歪曲現象の原因は判明したんだ。これからその原因を取り除き、ここにある第七遠征隊の拠点と、海岸にある第八遠征隊の拠点を繋ごう」
「……そうだな。もはや立ち止まる理由もない」
得体の知れない襲撃者のせいで足を止めていたら、いつまで経ってもジリ貧だ。
連絡を待ち続ける第八遠征隊も、食糧難の第七遠征隊も、ここらで停滞した状況から解放されたいはずである。
「お前たちの先遣隊に私を入れてくれ。この五人が現状の最高戦力となるだろう」
「分かった。頼もしい助っ人だな」
今この場にいない、レイドとミルエにも声をかけよう。
レイドはともかく……ミルエは力になってくれるだろうか。だが〝治癒師〟である彼女には、なるべくついて来てほしい。
「ユーリ、私はこの日を待っていたぞ」
ふとガレスが言う。
その瞳の奥で、力強く意欲を燃やしながら。
「たとえ異なる遠征隊に所属していようと、いつかお前とこの地で肩を並べる時が来ると信じていた」
「……そりゃどうも。ま、足を引っ張らねぇよう気をつけるさ」
「抜かせ。お前にその心配は不要だ」
ユーリとガレスは、互いに拳を軽くぶつけ合う。
決行は昼。――ユーリたちは、この空間がねじ曲がった土地から、海岸への帰還を目指す。
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