第28話 闇夜の交錯


 夕飯を腹に入れた後、マオは一人で拠点の改築を行っていた。


「んっふっふっふ……これをこうして、あれをああして…………!!」


 取り敢えず人がよく通る場所を木材から石材に変えておいた。具体的には階段、扉、それから各小屋のテーブルや椅子など。人が住む施設は、こういうところから摩耗していくのだ。


(ふーむ……ちょいと石材を補充しておきたいのう。面倒じゃが、美味な夕飯をご馳走してもらったお礼じゃ。よい拠点にしてみせようぞ)


 第七遠征隊が用意してくれた夕飯は美味しかった。本来、残された食糧が少ないため節約するべきなのだが、ユーリたちが空間歪曲現象を解決する糸口を発見したことで第七遠征隊の隊員たちが腕によりをかけて料理を作ってくれたのだ。多分、そこには未だ落ち込んだままでいるミルエへの配慮も含まれている。生還者が数少ない、紛れもない死地であるこの新大陸において、美味な料理に舌鼓を打つ時間は限られた幸福だった。


「材質はよいが、色が気になるのう……」


 拠点から離れたマオは、足元に転がっている石ころを拾って呟く。

 もう少し山の方へ近づかなければ、いい石材は見つからない。

 そう思った直後――背後から刃が迫った。


「バレバレじゃ」


『っ』


 地面から無数の槍が生え、刃の持ち主は慌てて飛び退いた。

 マオが振り向く。そこにいたのは一振りの剣を握った黒装束の人影だった。


「ユーリほどではないが、妾の勘も悪くないじゃろう?」


 黒装束の襲撃者が返事をすることはなかった。

 襲撃者は顔も体型も隠れているため、性別すら分からない。その正体に心当たりはなかった。しかしマオは、ユーリと共に空間歪曲現象の被害に遭ったことを思い出す。この新大陸で誰かの恨みを買った記憶はないが、自分たちに敵意、もしくは害意を抱いている何者かがいるのは間違いない。


「お主が、空間歪曲現象の仕掛け人か」


 普通に考えればそうだろう。

 塔の帰り道と、今この瞬間。こんな短期間で別々の人物から狙われてたまるか。しかもどちらも正体不明ときている。


(……狙いは、妾とユーリか?)


 冷静に考えれば、ユーリとマオを閉じ込めておきたいなら別に何もしなくもよかったはずだ。あの宝石のような装置が空間歪曲現象を引き起こしていると判明した時点で、この現象の効果が人ではなく仕掛けられた場所に依存していることは明らかになった。つまりユーリたちは第七遠征隊の拠点に入った時点で既にガレスたちと同じように閉じ込められている。恐らく、拠点付近にもあの装置が仕掛けられているのだろう。それを破壊しない限り、ユーリやマオ、ガレスたちはいつまで経っても拠点付近に閉じ込められたままだ。


 だが犯人は、何故かユーリたちを塔の辺りに閉じ込めようとした。

 理由は分からないが、焦ったのだ。

 ガレスたちと同じように閉じ込めるだけでは足りないと判断し、第七遠征隊の拠点に戻る前に始末しようと考えた。 


「ユーリよりも、妾の方が御しやすいと判断したか?」


 狙いがユーリとマオの二人だとしたら、何故こちらを先に襲ったのか。

 返答は期待していない。だが、もしそこに、微かでも侮りがあるとすれば――。


「――舐めるでないぞ」


 マオの全身を青白い結晶が覆い、砕けた。

 角、爪、牙。それらを生やしたマオの姿を見て、襲撃者の身体が微かに揺れる。


「なんじゃ、魔族を見るのは初めてか? いい冥土の土産になったのう」


 剣を構える襲撃者。

 対し、マオは獅子の如く獰猛な双眸で敵を睨む。


「丁度いい――妾も試運転がしたかったところじゃ!!」


 マオは掌を前に突き出し、権能を行使した。


 ――《創造》。


 左右に砲台が現れ、黒い砲弾が射出される。

 その命中精度と威力は、この大陸に来るまでのものと比べて格段に上昇していた。ついでに砲台の耐久性も向上している。


 マオは、ユーリがガレスとの試合中に試みたことを、自分も実行すると決めた。

 即ち、宝座の試運転。

 城の宝座……その真価を確かめる。


「砲撃用意」


 更に砲台を用意し、マオは襲撃者に狙いを定めた。

 砲台の数は全部で二十。突然、兵器に囲まれた襲撃者は流石に動揺を隠しきれず、走って距離を取ろうとするが――。


「――逃がさぬ」


 地面から出た槍が、檻となって襲撃者の動きを封じた。


「撃てェ――ッ!!」


 二十の砲台が一斉に轟音を響かせる。

 森の木々が衝撃によって激しく揺れた。まるで嵐が不意に生まれたかのような破壊の奔流に、襲撃者は飲み込まれた――かのように思われた。


 マオが一息つこうとした刹那、横合いから剣が伸びてくる。

 咄嗟に地面から槍を生やして剣を弾き、その軌道を逸らした。僅かでも対応が遅れていたら、今頃、己の首は刎ねられていたことをマオは悟る。


「あれを凌ぐか。お主、なかなかやるのう」


 襲撃者は距離を取ったら不利になると判断したのか、マオと二歩以内の間合いを保ち、隙あらば懐に潜り込んでくる。


 袈裟斬りを避け、切上げを槍で受け流し、直上からの振り下ろしを二本の槍で挟むように防ぐ。

 襲撃者は、このままマオを真っ二つに断ち切るつもりで剣に力を込めた。

 だがその直後、襲撃者はマオの姿を見て――硬直した。


「どうした? ?」


 顔が見えなくても、驚愕に声を失っていることがよく分かる。

 思わず後退した襲撃者に、マオは無数の砲撃を浴びせた。


「お主の目には何が見える!? 妾の背には何が聳え立つ!?」


 マオの背後に、黒く、巨大な影が屹立した。

 それは壁だった。それは門だった。それは砦だった。それは無数の砲台だった。

 それは先端の尖った屋根で、それは細長い塔で、それは幾つもの見張り台で、それは幅のある跳ね橋で、それは透き通る窓で――――。


「見よ!! これこそが妾の最高傑作!! 難攻不落にして究極の破壊兵器――ッ!!」


 山のように巨大な要塞が、マオの背後に現れる。


「降臨せよ――――――魔王城ッ!!」


 それは、かつてマオが《創造》の力によって建築した、最強の砦。

 魔王城――かつて人類を苦しませた最後の要塞が、襲撃者の前に立ち塞がった。


「わははははははは――ッ!!」


 城に取り付けられた砲台が一斉に火を吹き、破壊の限りを尽くす。

 薙ぎ倒される木々を見ながら、マオは前世で勇者だった頃のユーリとした会話を思い出した。流石の勇者も魔王城が一人の少女によって生み出されたものとは思わなかったらしく、その力に畏怖を覚えていた。あの時のユーリの表情は見物だったのう、とマオは笑う。


(できると思って、やってみたが…………くははははッ!! 城の宝座、こいつは最高に便利じゃのう!!)


 宝座を獲得した後、何度か《創造》を試したことでなんとなく効果は把握していたが、改めてその破格の力に酔い痴れる。

 城の宝座は、主に二つの効果を持つようだ。


 ①製作した構造物の性能を向上する。

 ②自身が過去に製作した構造物を、この場に召喚できる。


 ①は建築物ではなく構造物、つまり《創造》で生み出した全てのものが対象だ。砲台だけでなく砲弾の耐久性も向上しており、更には剣や槍を製作しても、それぞれの切れ味などが向上していた。


 だが特筆すべきは、やはり②の効果。

 あらかじめ武器を生み出しておけば、手ぶらでも完全武装と変わらなくなる。

 まさか前世で創ったものまでこの場に呼び出せるとは思わなかったが――――この効果には注意せねばならない点もあるようだ。


(……あと数秒といったところか、それ以上は保たんな)


 城の宝座には三番目のルールがあるようだ。

 マオは頭の中でそのルールをメモする。


 ③ただし召喚した構造物をそのまま設置し続けるには、構造物の創造に必要な材料と、転送距離に比例した追加材料を消費しなくてはならない。


 要するに②の召喚は、材料さえ用意すれば一瞬で構造物を再現できるといったものだ。無制限にいくらでも召喚できるという都合のよすぎる能力ではない。そんなこと可能なら、家を一軒建てるだけで世界中のどこにいてもその家を召喚して寛げてしまう。


 もし材料がなければ、召喚した構造物は瞬時に送還される。

 マオは今、材料の代わりに精神力を消費することで、その送還に抗っていた。


(死ぬほど疲れるのう……!!)


 本来、そこにあるはずのない巨大な城。

 世界の摂理に基づいて元の場所に戻ろうとする城を、気合でその場に押し留めようとするマオは、全身から汗を垂らしていた。


 漠然とだが、予感がある。

 今はまだ万能とは程遠いこの力だが……研鑽することで、少しずつ制約が軽くなっていくような気がした。


 そういう力が、城の宝座にはあるのではないだろうか?

 この力には、もっと強大な力が――――。


【宝座の最適化が完了していません】


【第一の権能《顕現》は未解放です】


 脳内に声が響き、マオは攻撃の手を止めた。

 これが、ユーリの言っていた最適化に関する声か。どうやら自分も同じ壁にぶつかったらしい。


 マオは砂塵が舞う目の前の光景を鋭く睨む。夜闇に滞る砂塵の中から、ゆらりと黒装束の裾が現れた。嵐の如き猛攻の中、この襲撃者はまだ息絶えていなかったらしい。


『その力、やはり……』


 ザラザラとした、不快な声が聞こえた。

 男の声だ。だが聞き覚えはなく、その異様な声質にマオは顔を顰めた。


(なんじゃ、今の声は? こやつ……本当に人か?)


 揺らめく黒装束を見て、マオは冷や汗を垂らした。

 得体の知れないナニかを目の当たりにして、不気味な気分に駆られる。


『宝座は、貴様ら如きが手にしていい力ではない』


 襲撃者が剣を収め、後ろに飛び退く。

 夜の闇に消える直前、その男はザラザラした声で告げた。


『貴様らは……末胤まついん計画の邪魔になる』


 黒装束の襲撃者が闇に消える。

 戦いの音を聞いて、ユーリたちがこちらに向かって来ていた。彼らと合流を果たす前に、マオは人間の姿に変装する。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


6話の会話

「ユーリ、お主が見つけた土地に、妾が拠点を立ててやろう」

「そりゃあ頼もしいな。こと拠点に関しては、マオは絶対頼りになるし」

「うむ。を知った時はお主も大層驚いていたのじゃ」


 の伏線回収。

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