第20話 42点


 第七遠征隊の拠点は大小様々な木造の小屋だった。森から伐採した丸太が主な素材のようだが、見たところなかなか頑丈に建てられている。遠征隊の中に建築に詳しい者がいたのだろう。二年も住んでいるからか、小屋の壁に模様が刻まれたり、よく分からないオブジェクトが設置されたりと、遊び心を感じる部分もある。


 拠点の周りはぐるりと柵で囲まれていた。魔獣の対策だろう。入り口は二箇所あり、そのうちの一つへユーリたちは案内された。


 長い時間をかけて造ったことが伝わる、広くて工夫の凝らされた拠点だ。それに森の中だからか、木造の小屋たちは自然との調和を感じて住みよい環境のように感じる。


 悪くない。むしろいい。

 ユーリたちがそう思う中、たった一人の異分子は顔を顰めた。

 魔王――――否、拠点ソムリエのマオは告げる。


「42点」


「きもっ」


 いきなり拠点の点数をつけるマオに、ユーリはドン引きした。

 ガレスは意味が分からず首を傾げる。意味なんて分からないままでいいので、ユーリは説明しなかった。


(……活気がないな)


 柵の内側に入ったところで、ユーリは拠点が妙に静かであることに気づく。


「ここにいるのが全員か?」


「そうだ。当初と比べて、開拓が難航している。それが原因でお前たちとも合流できなかった」


 ガレスは本来なら第八遠征隊との合流を図るべき立場だ。だが第八遠征隊が上陸した時、そこにいるべき案内人は見当たらなかった。


 何故、来なかったのか。

 ユーリたちには問う権利がある。だが――。


「この話は後でしよう」


 そう告げるガレスの面持ちは神妙だった。

 合流できなかった事情があったようだ。それも恐らく、ただならぬ事情が。


 ガレスは落ち着いて話せる場所へ向かっているらしい。その途中で、拠点で作業をしている複数の男を見かけた。男たちは手頃なサイズに切断した丸太を、宙に浮かせて運んでいた。


「……ここには、敬虔深い信徒がたくさんいるのですね」


 ミルエがうっとりした様子で呟いた。

 その呟きにユーリたちが振り返ると、ミルエは恥ずかしそうに赤面した。


「あ、すみません。祝福を使っている人がたくさんいましたので、つい……」


 ミルエが恥ずかしそうに笑う。

 そんな純粋な女性を見て、ガレスは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ガレス、必要なら俺が話すぞ」


「……いや。騎士である私が言うべきだろう」


 ユーリは自らが嫌な役目を負おうとしたが、ガレスは首を横に振る。

 できれば隠したかったが、これ以上は厳しそうだ。……じきにミルエは知ることになるだろう。祝福は、その正体を権能と言い、神の導きではないのだと。


 やがてガレスは、拠点の中心にある小屋に入った。ユーリたちも後に続く。

 小屋の中には総勢六人の男女がいた。家具などは見当たらないが、床の中央には大きな地図が広がっており、その地図を囲うように男女が座っている。多分この小屋は会議に使われているのだろう。


「戻ったぞ」


「おお、ガレス君! 帰ってきたか!!」


 ガレスの声を聞いて、白髪の老人が大袈裟に喜んだ。

 知らない人物だ。彼も第七遠征隊の一員のようだが……。


「ハガット殿、研究は済んだのですか?」


「いいや、まだだ。でも一区切りついたから休憩している。……ところで、そちらの四人は?」


 ハガットと呼ばれた老人の男が、ユーリたちの方を見た。


「第八遠征隊だ。先遣隊として、この四人が来てくれた」


 ガレスが簡単に説明した直後、ハガット以外の者たちが一斉に立ち上がった。


「食糧は――ッ!?」


「……落ち着け。それは彼らの装備を見れば分かるはずだ」


 立ち上がった者たちに、ガレスが諭す。

 部屋にいた男女はユーリのたちの姿を見た後、暗い顔つきで座り直した。


(……今ので、大体状況は読めたな)


 第七遠征隊が陥っている状況が見えてきた。

 詳細を聞かねばならない。ユーリがガレスの方を見ると、ガレスは真剣な眼差しをこちらに注いだ。


「改めて、ようこそ第八遠征隊の諸君。まずはお互いに情報交換といこう」




 ◆




 会議用の小屋で、ユーリたちは綿密な情報交換を行うことにした。


「多分、俺たちの方がシンプルだから先に話すぞ」


 ユーリは第七遠征隊の者たちの正面に座り、説明を始める。


「結論から言うと、第八遠征隊は機能を停止している。上陸直後、海の中から巨大な蛇が現れて大打撃を受けた」


「蛇……それはまさか、首が九つある蛇か?」


「そうだ。奴のせいで船は破壊されたし、遠征隊の皆も怪我を負っている。幸い死人は出なかったけどな」


 そこまで言ったところで、ユーリはガレスを見た。

 ガレスも、この蛇について知っているということは……。


「我々も似たような状況に陥った。……こちらは死者も多数出た。ユーリ、お前と面識のある者は私を除いてもういない」


「……そうか」


 ユーリはガレスを中心に第七遠征隊との接点が多少ある。しかし厳密にはその相手はユーリと同じ役職、つまり遠征隊の中でも戦闘員に限られた。

 彼らは率先して命を散らす立場だ。最初に死ぬのは仕方ない。仕方ないからと言ってすぐに割り切れるものでもないが……泣き喚いたところで意味はない。


「あの九つ首の大蛇は我々にとって宿敵のようなものだ。……しかし、そうか。どうやら奴は海岸付近に巣食っているようだな」


 ガレスが半ば独り言のように言う。

 ロジールの話によると、鳥を使って魔獣などの情報を王国まで届けてくれたのは第四遠征隊の何者かである可能性が高いらしい。だがそこに九頭の大蛇に関する情報は含まれていなかった。ということは、あの大蛇は第五遠征隊の出立以降にあの海岸に巣食ったようだ。


「まあ、この男が首を一本斬ったから、今は八つ首じゃがな」


「――斬った?」


 マオが横から補足を挟むと、第七遠征隊の者たちがざわりと反応した。

 ガレスが驚いた様子でユーリを見る。


「お前、斬ったのか? あの化け物を?」


「ああ。でも首一つだぞ」


「我々では掠り傷しかつけられなかった敵だ。……あれから二年、流石に変わるものだな」


 ガレスは喜びと寂しさを綯い交ぜにした表情を浮かべる。

 第八遠征隊が提示できる情報はこのくらいだ。本当に少ない。ユーリが沈黙すると、次は自分の番だと悟ったのかガレスが口を開いた。


「次はこちらの状況について話そう。……我々はこの二年間、あらゆる調査を行い、この新大陸に眠る謎を解き明かそうとしてきた」


 これまでの苦労を思い出したのか、ほんの少しだけ間を空けてガレスは続ける。


「ユーリたちと合流できたのは偶然でな。私はあの時、ここから北東に進んだ先にある塔の調査をしていたのだ」


「塔?」


「明らかな人工物でな。調査の結果、今から千年近く前に建てられたものだと判明した。つまり、最初からこの大陸にあったものだ」


「へ~~~~」


 未知に満ちた新大陸。

 そこに、千年前から建てられている謎の塔。

 これは――浪漫の香りがする。


(絶対行こう)


(絶対行くって顔してるのじゃ……)


 ユーリは心の中で決意を固める。

 その横顔を見て、マオは半ば呆れたような顔をした。


「塔の調査で収穫はあったのか?」


「幾つかな。……ロジール少佐から魔獣についての説明は聞いたか?」


「ああ。例の鳥が運んできた情報については全部聞いている」


 ガレスが深く頷いた。


「では――資格と権能については、どこまで知っている?」


 ユーリとマオは目つきを鋭くした。

 その言葉を待っていた。


「教えてくれ。今、俺たちに一番必要な情報だ」

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