第17話 冒険再開


「……おい、マオ」


「のじゃぁ……?」


「なんでここで寝てるんだ」


 窓から射込む陽光で目を覚ましたユーリは、腹の上に載っているマオの頭を見ながら言った。どうりで途中から寝苦しくなったわけだ。


「うぅむ……すまぬ、どの部屋も人が多くてのぉ。ここが一番空いてたのじゃ」


「なら仕方ないか」


 マオが立ち上がってくれたので、ユーリもベッドから降りる。

 元々マオはくせっ毛だが、寝起きは更に酷かった。まるで使い古されたボサボサの箒である。マオもそれを自覚しているのか、面倒臭そうに桃色の髪を手ぐしで梳かし始めた。


 二人で食堂に向かい、朝食をとる。船に積んでいた食糧はほとんど使い物にならなくなったが、瓶詰めしていた飲料や香辛料は無事なものが幾つかあった。本来なら先を見て節約するべきかもしれないが、初日で船が破壊されるという事態に陥ったこともあり、ロジールは気力の回復を優先してそれらを使用する許可を出したらしい。テーブルには充分な量の真水と、香辛料で味付けされた肉が並んでいた。

 ただし、肉は肉でも魔獣の肉だが。


「普通に旨い」


「旨いのじゃ」


 こうなると朝から肉が食べられたという贅沢な体験しか残らない。ユーリとマオは問題なかったが、朝食には少し重いと感じている者も少なくないらしく、ミルエ辺りはちびちびと小さな口で肉を食べていた。


「あ、そうじゃ。妾も宝座を手に入れたぞ」


「え、マジ?」


「うむ。城の宝座じゃ」


 城。ユーリが手にした空の宝座とはまた別物のようだ。


「妾があの真っ暗な空間に立った時、周りにいたのは五人じゃった」


「俺の時は六人だったんだけどな。……正面に銀髪の女の子がいなかったか?」


「正面には誰も立っていなかったのぉ。妾に宝座を託してくれたのは、右斜め前に立っている老人じゃったぞ」


「ああ、いたな。最初に質問してきた人だ」


 多分、一人ずつ減っていく仕組みなのだろう。

 恐らく次回の挑戦では、右斜め前の老人がいなくなっているはずだ。


「空席がどうとか言ってたな。七天宝座って字面を考えると、全部で七つあるのか」


「空席は残り四つとも言っておったのじゃ」


 マオが肉を口に放り、もぐもぐと咀嚼する。

 七つあるうち、空の宝座がユーリ、城の宝座がマオの所有となっている。

 それで残りが四つということは……。


「俺たち以外に、宝座を持っている人が一人いるな」


 ユーリは上陸して初日に空の宝座を獲得した。第八遠征隊に、自分よりも先に宝座を獲得した人間がいるとは思えない。


 となれば第七遠征隊かそれ以前の遠征隊に、宝座を獲得した者がいるのだ。

 もしくは、か……。


「ユーリ、マオ」


 のんびり食事を楽しんでいると、ロジールに声をかけられた。


「ちょっとついて来てくれ、大事な話がある」


 丁度、こちらも食事が終わったところだ。

 ついて行くことには問題ないが……深刻な様子であるロジールに、ユーリたちは首を傾げた。

 ロジールはわざわざ拠点の外まで出てから、ユーリたちの方を振り返る。


「お前たち、先に第七遠征隊の拠点へ向かえ」


 一瞬、指示の内容が理解できなかった。


「先遣隊ってことか? 何のために人員を分ける?」


「俺たちには体勢を立て直す時間がいる」


「立て直すって言っても、拠点は完成したし、怪我人も移動ができるくらいには治療済みだろ?」


「身体の問題じゃない」


 ロジールは静かに呼気を発し、告げた。


「心の問題だ。……船は壊され、逃げ場がどこにもないというこの状況が、予想以上の恐怖を招いているらしい。今、全員で移動しても、万一パニックが起きたら全滅する可能性がある」


 そう言ってロジールは、窓から食堂の様子を一瞥した。

 食堂は賑わっている。怪我人たちと、彼らを労ろうとする人たちが積極的に会話していた。船という閉鎖空間で一ヶ月も共に過ごしてきた彼らの絆は、旅立ちの時よりも一層強固になったように思える。新大陸に来るまでは滅多に顔を出さなかったクーレンベルツ公爵家も、今では彼らに交じって談笑していた。


「見た目では分からんだろう? だが俺が出発時刻を伝えると、彼らのほとんどが顔面蒼白になって黙り込んだ。……トラウマというやつだな。お前たちと違って、彼らはまだ立ち直れていない」


 冷静に考えれば――あれほどの絶望を目の当たりにして、たったの一晩で再起できるはずがなかったのだ。


 神々をぶん殴るために一つの人生を締め括ってみせたユーリたちには、不退転の覚悟がある。だがその覚悟を他の者にも求めるのは酷な話だ。帰還者ゼロ。第四遠征隊から続いてしまっているこの記録が、彼らは鮮明に見えてしまったのだろう。


「……分かった。なら俺たちが、トラウマを吹っ飛ばすほどのいいニュースを持ち帰ってやるよ」


「助かる。……俺はここで皆の面倒を見なくてはならんが、先遣隊にはもう何人か必要だろう。あと一人か二人、選抜しておく」


 ロジールは重たい表情のまま、拠点の中に戻ろうとした。

 ユーリたちに負担を集中させてしまうことが申し訳ないのだろう。


「隊長」


 立ち去ろうとするロジールの背中に、ユーリは声をかける。


「アンタは大丈夫なのか?」


 振り返ったロジールは、困ったように笑った。


「お前は、偶に化け物じみているくせに……の気持ちを考えられるのが美点だな」




 ◆




 しばらくして、先遣隊のメンバーが発表された。

 ユーリとマオの二人は確定として、ロジールが新たに選抜したのは二人の人物。


「ミルエはまあ、分かるんだけど……」


 一人目は女神教会のシスターであるミルエだった。

 拠点に残る者たちは心の傷を負っている。よって身体の傷を癒やすミルエは、先遣隊に入れられることになった。

 そしてもう一人は――。


「……………………お前かぁ」


「なんだその目は! 文句あるのか!! おいッ!!」


 赤髪の少年が憤慨する。

 レイド=クーレンベルツ。彼が選ばれた理由は極めてシンプルだった。


「まあ、メンタルは強そうじゃのぉ」


 マオが小さな声で言う。

 ロジールが出発時刻を各々に話したところ、ユーリたちを除けば唯一このレイドという少年が乗り気だったと言う。しかもその理由が「ここは波の音がうるさくて寝られん!」とのことだ。意外と繊細な性格をしている。繊細に育てられたであろう貴族だから、当然と言えば当然だが。

 しかしそれでも、ユーリにとってこの人選は一つ不自然な点があった。


「お前、俺のことそんなに好きじゃないだろ? よく先遣隊に参加する気になったな」


「……姉上に頼まれたのだ。貴様を見ておけと」


「俺を? どういう意味だ?」


「知らん! よく分からんが、あとで全部報告しろと言われた!」


 それ、俺に教えてもいい話なのだろうか?

 気になったが、藪蛇になりそうなのでユーリは黙っておくことにした。


「ユーリ、地図は持ったか?」


「ああ」


 マオの確認にユーリは頷く。

 先遣隊は四人。次はこの四人で、新大陸を冒険する。

 目的地は――第七遠征隊の拠点だ。


「さて、それじゃあ――――冒険再開だな」



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