第16話 検証


 夜。誰もが寝静まる中、マオは一人で拠点の外に出た。

 小さな足で砂浜を歩くと、ジャリジャリと音が鳴った。耳を澄ませば波の打ち寄せる音も聞こえる。昼間の死闘が嘘のように、夜の海岸は優しい静寂に包まれていた。


 拠点から離れたマオは、ふぅと吐息を零し、ユーリと話したことを思い出す。

 個人的に、いくつか検証しなければならないことができた。


 ユーリを巻き込んでもよかったが、どうやらあの男は込み入った考察が好きそうではない。なので今回は大人しく休ませることにした。


(聡い男じゃろうに……あの男は未知を楽しむ性分じゃからなぁ)


 ユーリは間違いなく聡い。しかし同時に、未知を未知のまま楽しむ性分でもある。

 真理には、頭ではなく、その目と身体で到達したいと考えているのだろう。だが現実問題、未知に辿り着くためには頭も駆使しなくてはならない。そのジレンマに陥った結果、情報の整理までは積極的で、それより先は消極的になっているとマオは読み取った。


 一方、マオは考察が好きだった。

 というより頭を使ってあれこれ考えるのが好きだ。四天王たちからもよく「凝り性ですなぁ」と褒められた(?)ほどである。


 なので、問題ない。

 ユーリが身体を使って未知を切り拓くのであれば、マオは頭を使ってそれらを分析する。いい役割分担だと思った。


「資格、権能、宝座……この大陸には、生物の進化を後押しする仕組みがあるのぉ」


 偶発的に生まれた仕組みシステムとは思えない。

 となれば、この仕組みには意図が存在する。

 何者の意図だ? どんな意図だ?

 これらの疑問が、謎を紐解く鍵となるだろう。


「先代よ。貴女はどこまで、これを予測しておったのじゃ……」


 月明かりに照らされた海を眺めながら、マオは幼い頃の記憶を思い出した。




 ◆




「マオ、この世界は何か変だ」


 百年以上前。まだマオが、魔王ではなかった頃。

 当時は既に先代魔王と先代勇者が戦っている時期だった。マオとユーリの時ではなく、一つ前の魔族と人類の戦争。その最中に産声を上げたマオは、幼い頃から先代魔王に気に入られ、よく彼女と共に行動していた。それこそ、家族よりも共にいたかもしれないくらいだ。


「魔族とは何だ。人類とは何だ。魔王とは、勇者とは、権能とは、祝福とは、魔物とは、神とは……一体何なんだ? どれだけの歴史書を漁っても、その答えは見つからない」


 先代魔王は学者肌で、よく考え込む気質だった。

 マオは、彼女の唇から零れ落ちた思考の欠片に耳を傾けるのが好きだった。


「真理に辿り着けていないのは我々の文明が不足しているからか? だが、魔族と人類の戦争は幾度となく繰り返されてきた。本来ならその度に文明は飛躍したはずだ。なのに飛躍した文明が根付くよりも先に、いつも次の戦争が始まってしまう。魔族と人類の戦争が、ずっと似たような文明レベルで繰り返されてきたのもそれが理由だ。これではまるで、文明の発展を妨げるために、誰かが意図的に戦争を……」


 幼い頃のマオには、先代魔王が何を考えているのかよく分からなかった。

 だが、歳を取ってから気づく。先代魔王はこの時、恐らくだが世界の真相に触れかけていた。


「この世界は、何かが秘匿されている」


 先代魔王は深刻な面持ちで断言した。

 その目が、正面に立つ幼いマオを見つめた瞬間を、マオは鮮明に覚えている。


「それを暴くのは、お前だ……マオ」


「な、何故、妾なのじゃ……?」


 マオの問いに、先代魔王は不敵な笑みを浮かべた。


「何故なら、お前は私の――――」




 ◆




 あの時、何を言われたのかは覚えていない。

 はっきり覚えているのは、自分はまだ先代魔王の境地に至っていないということだ。


 きっと彼女が自分の代わりに新大陸を訪れていたら、今頃は真理の一つや二つに辿り着いていただろう。

 だが、無い物ねだりはできない。

 ここにいるのはマオだった。ならば他の誰でもない、マオが考え、答えを導かねばならなかった。


 世界が秘匿しているナニか。

 新大陸に眠る謎は――マオが解く。


「資格審査、じゃったか。……引き金を引く条件は、己の能力および経験を開示することか?」


 その仮説が正しければ、検証しなければならないことが一つある。

 周囲に誰もいないことを確認し、マオは意識を集中した。


「これは……先の戦いでは見せておらんぞ」


 変装を解く。

 仮初めの姿を捨て、角の生えた魔族の姿に戻った時――マオの頭に無機質な声が響いた。


【未確認の権能《輪廻転生》を確認しました】

【ただ今、目録の船インデクス・ノアに問い合わせ中です】

【返答がありません】

【該当する資格がありません。不正の可能性があります】


 ここまでは大蛇と戦った時も聞こえた。

 問題はここからだ。変装を解いた今なら、もしかすると――。


【深域耐性Ⅳの到達を確認しました】

【現人類で最初に深域耐性Ⅳに到達しました】

【功績を讃え、宝座への挑戦権を与えます】

【挑戦を開始します】


 次の瞬間、マオは暗闇の中に立っていた。

 辺りを見れば、マオを囲むように五人の人物が立っている。


 右斜め前には老齢の男。

 右側には黒髪の少年。

 左側には緑髪の女性。

 右斜め後ろには三つ編みの老婦。

 左斜め後ろには褐色肌の女性。


 右斜め前に立っている老齢の男が、口を開いた。


「貴女は、何のために生きますか?」


「なるほど、これがユーリの言っておった空間か」


 マオは周囲を観察した。


「ある種の異空間じゃが……これは権能で生み出したものじゃな。妾の《創造》も空間に関する権能じゃ、似たような感覚がするから分かるぞ」


 独り言を口にしながら観察を続ける。

 不思議な空間だ。物理的なものではないから、肉体そのものがこの空間に跳ばされたというわけではないのかもしれない。


「相当、年季が入っている空間じゃな。流れた時は千年では済むまい。……こんな曖昧な空間を無限に保つのは不可能なはずじゃ。となれば、この空間の維持は外部の装置に任せている可能性が高い。そしてそれは恐らく新大陸にある」


 マオがブツブツと呟くと、五人中三人の姿が闇に溶けて消えた。


「なんじゃ、無言で立ち去るとは愛想が悪いのぉ。……む? いや、最初に無視したのは妾か」


 後に残ったのは二人。

 右斜め前の老いた男と、右側に立つ黒髪の少年だ。


「何のために生きるか、じゃったな。妾が生きる理由は――自分の創った場所で穏やかな日々を満喫するためじゃ」


 黒髪の少年が消える。

 最後に残った一人。右斜め前に立つ老いた男は、いつまでも消えなかった。


「託しましょう」


 老いた男が告げる。


「貴女に、城の導きがあらんことを――」


 その言葉を聞くと同時に、マオは元いた海岸に帰っていた。

 直後、頭に声が響く。


【城の宝座を獲得しました】


【七天宝座が一つ埋まりました。空席は残り四つです】


 宝座の獲得を報せる声だ。

 ユーリが手に入れたというものを、マオも今、手にした。


「……取り敢えず、目的達成じゃな」


 色々考えたいことは山積みだが、いったん拠点へ戻ることにする。

 この日は朝に新大陸へ上陸し、すぐに魔獣と激戦を繰り広げる羽目になり、その後も拠点の製作などで忙しかった。


 つまり…………死ぬほど眠い。


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