第4話 船上の武闘会①
「おーおー、やってんねぇ」
腕比べの会場である船尾側の甲板に着くと、騒々しい人集りができていた。
何でどう腕比べをしているのか気になっていたが、どうやら一対一の試合をしているらしい。これならまあ、怪我しそうな状況になっても周りの人間が止めにかかれるし、上陸前の祭りにしては丁度いい温度感だった。
第八遠征隊の構成は、軍人が二割と民間人が八割となっている。全員で二十人だ。初期の遠征隊は全員が軍人だったようだが、新大陸の調査が難航するにつれて人員不足に陥り、第六遠征隊からは民間人の募集が始まった。
基本的に遠征隊の隊長は軍人が務めることになっているが、全体の構成員は年々民間人の割合が増えている。未知の大陸へ渡ろうとする民間人なんて、大抵が荒くれ者スレスレの力自慢の連中だ。だからこの手の荒っぽい催しは初めてではない。
「おい、ユーリが来たぞ!」
「やっと来たか!」
「何処に行ってたんだよ!!」
人集りに近づくユーリに、多くの隊員が声をかけてきた。
おうおう、すまんね、と適当に返事をしながらユーリは前に割り込む。
「今やってんのは?」
「うちの隊員と、公爵家の長男様だ」
なんで貴族が参加してるんだよ。
予想外の
今やっている試合の決着がついたらしい。
勝者は赤髪の少年。貴族の長男だ。
「あちらの長男様が調子よくてな、おかげで大盛り上がりさ。貴族ってのも馬鹿にできねぇ」
「まあ公爵家なら、由緒正しい武術も教わっているだろうからな」
公爵家の長男は木剣を掲げ、得意気な顔をしていた。
敗北した隊員の男はあまり戦闘が得意ではない方だが、それでも遠征隊選抜試験に合格した者の一人である。彼を倒した貴族の少年は、確かな腕の持ち主なのだろう。
「おい、そこのお前!」
貴族の長男が、木剣の先をユーリに向けていた。
「見たところ、僕と同じくらいの歳だな。……見物だけでは退屈だろう。どうだ、僕の相手をしないか? 勝てば報酬金をくれてやるぞ」
長男の挑発に、ギャラリーたちが沸いた。
分かりやすく参戦を期待され、ユーリは小さく溜息を零す。
勝てば金が貰えるという条件だから、これほどの盛り上がりになったわけか。
周囲の期待に応えるべく、ユーリは前に出て長男と対峙した。
負ける気がしないと言わんばかりのニタニタした笑みを浮かべる長男に対し、ユーリは先程敗北した隊員から木剣を受け取りながら、口を開く。
「新大陸で、金なんか役に立たないだろ」
「なっ!? き、貴様、口の利き方に気をつけろッ!!」
別に馬鹿にしたつもりではなく、単純な感想を述べただけだったが、相手はそう思わなかったらしい。長男は顔を真っ赤にして憤った。
「悪い悪い。どちらかって言うと、気をつけられる側だったからな」
「だから! その口調を改めろと言ってる!!」
勇者だった頃は、頼んでもないのに見ず知らずの人から媚びへつらわれたものだ。
女神の束縛から解放された今、ユーリは反動で自由を大切にしていた。
だから、ここは敢えて頷かないことにする。
「じゃあ、俺が勝ったら金はいらないから、口調をこのままってことで」
「……いいだろう。育ちの悪い愚か者を教育するのも、貴族の務めだ」
双方、剣を構える。
「クーレンベルツ公爵家が長男、レイド=クーレンベルツ」
「第八遠征隊、ユーリ」
長男レイドの構えはなかなか様になっていた。
船が揺れる。潮風を受け止めた白い帆が、滑らかな弧を描いた。
「――行くぞッ!!」
張り詰めた空気の中、先に動き出したのはレイドだった。
俊敏な動きで肉薄したレイドが右切り上げを繰り出す。ユーリと比べて小柄なレイドは、その小柄な体躯を利用して手数で勝負を仕掛けてきた。
存外、やる。
最初の一閃を受け流すと、流れるように左薙ぎが迫った。半歩下がって退けば、次は容赦ない突きが繰り出される。隙を潰すことに重点が置かれた剣術……本人の傲慢な性格からは想像できない堅実な立ち回りだ。
だが、往々にして手堅い戦術というものは決定打に欠ける。
一撃で敵を葬る膂力がないのだろう。凡そ三手から四手の組み合わせで決着をつける気でいるなら、そのうちの一手を弾いて返すだけで振り出しに戻すことができる。
「く……っ」
逆袈裟を弾いて距離を取るユーリに、レイドの呼吸が荒れる。
攻め続けているのに有利にならない。そんな状況に、レイドは少しずつ混乱を露わにした。
「お貴族様~! 気をつけた方がいいですぜ~!!」
ギャラリーの方から、無遠慮な声が聞こえた。
あ、こいつ、余計なことを言う気だな。
迫り来る剣を弾きながらユーリは思う。
「そのユーリってガキは――遠征隊選抜試験の首席ですよ~!!」
予想通り、余計な一言が放たれた。
瞬間、レイドが微かに硬直する。得体の知れない混乱が、理解できる畏怖に変わったことが見て取れた。
(終わらせてやるか)
観客が退屈しないよう適当に合わせていたが、萎縮した格下を嬲る趣味はない。
力強く床を蹴り、ユーリは一瞬でレイドとの距離を詰めた。
目にも留まらぬ速さで肉薄するユーリに、レイドは驚愕する。ユーリは突きを繰り出した。前身する身体に、伸ばした腕の加速を乗せる。
カン! と小気味よい音と共に、レイドの額に突きが直撃する。
起き上がろうとするレイドの首筋に、ユーリは木剣を添える。
「降参してくれた方が、お互い楽だと思うぜ」
「……っ!!」
レイドは悔しそうに顔を歪ませた。
その顔を見て、ユーリは先程ロジール隊長に言われたことを思い出す。
彼らを相手にする時は気をつけろよ?
つまり――やり過ぎるなよ? と言われたわけだが、無理だった。
花を持たせるべきだったか、などと考えたところでもう遅い。
(……身体能力は、大体取り戻してきたな)
前世の身体能力と、現在の身体能力を比較する。
勇者だった頃の年齢は十八。今の年齢は十七。全盛期と同等とまではいかないが、後少し筋肉を鍛えれば満足な動きができそうだ。この十二年間、遠征隊に入るためにみっちり鍛えた甲斐がある。
「――イヴン!!」
その時、レイドが叫んだ。
ギャラリーの方から、軽装の鎧を纏った男が現れる。
「仇を討て!!」
「承知いたしました」
憤慨したレイドの指示に、男は躊躇なく従った。
立ち去るレイドを無視して、ユーリは軽装鎧の男と対峙する。
「イヴンと申します」
イヴンと名乗った男は背筋を伸ばし、礼儀正しく頭を下げた。
白銀の胸当てと、その落ち着いた佇まいを見て、ユーリは彼の身分を察する。
「騎士か」
「ええ。今はクーレンベルツ家の護衛を務めています」
かつて、多くの国では王族だけでなく諸侯も強い権力を持っており、それぞれが領土を守るべく騎士団を擁していた。しかし魔王軍との戦争に際して各国は力を団結せねばならなくなり、その結果、多くの国が王族に集権化し、諸侯が擁していた騎士団のほとんどは国の常備軍に取り込まれることとなった。
ルクシオル王国もこの流れに乗らざるを得なかった国の一つだが、今でも健在である騎士団が幾つか存在する。
その代表が、
女神ヴィシテイリヤを信奉する、宗教組織・女神教会が抱える騎士団である。
そんな騎士の登場に、ギャラリーたちは盛り上がった。
「巡光騎士団って言やぁ、あれだろ? 近衛軍にも匹敵するほどの武闘派集団で、未だに国が取り込めずにいるっていう……」
「教義に反した奴は皆殺しにする、血も涙もない集団……」
「あの勇者も、巡光騎士団の出身だって噂だぜ……」
口々に噂するギャラリーたちに、イヴンは苦笑した。
「いくつか嘘が混ざっていますが、概ねその通りです」
「へぇ。いくつかってことは、今の噂に真実も含まれてるんだな」
思ったよりもユーリが冷静だったからか、イヴンは微かに目を丸くした。
ちなみに勇者が巡光騎士団の出身であるという噂は真っ赤な嘘だ。それはユーリがよく知っている。
「レイド様の手前、こうして剣を握るしかありませんでしたが……念のため、今なら降参も受け入れます」
「断る」
「でしょうね……」
退く気のないユーリを見て、イヴンは諦念を見せる。
「では、お手合わせ願いましょう」
木剣を構えるイヴンを前に、ユーリは苦虫を噛み潰したような顔をする。
女神教会にいい思い出はない。なにせあのクソ女神を信奉するイカれた集団である。信者たちに一方的に心酔されたあの時の気味悪さは、思い出すだけでも肌が粟立つ。
早めにけりをつけよう。
そう思ったユーリだが、静かに警戒を強めた。
イヴンの全身から妙な気配が漂っている。
(……こいつ、持ってるな)
だが、それならそれで丁度いい。
身体能力は及第点に到達していることが分かった。
次は、もう一つの力を計る。
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