第2話 謎の女


「こんにちは」


 目が覚めたら、真っ白な空間に立っていた。

 転生が済んだのか? ……いや、そんな雰囲気ではない。

 それに、目の前にいる女は誰だ?


「すみません、驚かせてしまいましたね。輪廻に取り込まれた貴方の魂に、少し干渉させていただきました」


 女は丁寧に頭を下げた。

 淡黄色の髪を肩まで伸ばした女だった。どこか浮世離れしたその佇まいは、神秘的で、しかし怪しげにも映る。


「しかし、随分珍しいを行使しましたね。《輪廻転生》……出所は予想がつきますが、今は利用させてもらいましょう」


 女はブツブツと独り言を述べた。


「さて、本題に入ります。現在、転生先は赤子に設定されているようですが、こちらを五歳の人間に変更させていただきます。それと、転生する時代も十年後に設定されていますが、こちらも四日後に変更させていただきます。貴方の相棒も同様です」


 相棒というのは、魔王のことだろうか。

 発言の意味は理解できるが……状況についていけない。


「合わせて十五年程度の短縮になりますね。僅かな差ではありますが、こちらは色々危うい状況でして……下手すると


 神妙な面持ちで女は言った。

 よく分からないが、どうやら彼女は勇者たちに、早めに生まれ変わってほしいようだ。


「うーん……破損したこの身では、力を与えることはできそうにありませんね。馴染む器は見つけましたから、それで頑張ってもらいますか」


 女は自らの掌を開いたり閉じたりしながら呟く。

 ゴクリと唾を飲み込んだところで、勇者は気づいた。喋れる。


「アンタ……誰だ?」


 勇者が口にした問いを、女は「んー……」と考えてから答えた。


「そうですね……皆さんからはよく、庭園と呼ばれています」


 庭園。

 人の名前には聞こえないが……。


「時間ですね」


 女がそう告げた途端、勇者の瞳に光の粒子が映った。

 なんだこの光は? そう思って辺りを見回した勇者はすぐに気づく。光の粒子は自分の身体から出ていた。己の肉体が、光になって崩れていく。 


「言われるまでもないでしょうが……勇者よ、新大陸へ行きなさい。そこには貴方の求める全てがあります」


 肉体の半分が光になった勇者に、女は語る。


「貴方は新大陸で世界の真相を知るでしょう。勇者と魔王の正体にも、いずれ気づくはずです」


「勇者と魔王の、正体……?」


 女は何も答えない。


「翻弄されることもあるでしょう。絶望することもあるでしょう。それでも、貴方は立ち上がらなければいけません」


 女は真っ直ぐ勇者を見た。

 その目の奥で、期待と憐憫、二つの感情が綯い交ぜになっていた。


「どう――お願いし――ミ――を止め――くださ――」




 ◆




 全身の重さを感じると同時に、瞼を開く。

 荒んだ路地裏の景色が目の前に広がっていた。冷たい地面に触れていた腕をゆっくり持ち上げる。掌が小さい。子供の……五歳くらいの子供の腕だ。


 ぐるり、と視界が反転するほどの目眩がした。

 孤児院の前に捨てられた赤子いた。赤子は三歳までは健康に育てられたが、孤児院が経営難になり、口減らしのために奴隷商へ密売された。しかしその後、病を患ってしまい買い手がつかず、五歳になった頃にこの路地裏へ捨てられた。

 そうして、息を引き取った少年の身体に――勇者は宿った。


(……お前も、苦労した人生歩んでんな)


 少年は孤児院で絵本に夢中だった。

 それは冒険譚の絵本だった。少年は目を輝かせながら、何度もその本を読み返していた。

 勇者の少年時代にも似たような経験があった。

 だから、少年の気持ちはよく分かる。

 ここではない何処かへ、少年は行きたかったのだろう。


 とん、と胸の辺りを勇者は軽く叩いた。

 ここからは俺に任せろ。心の中でそう呟いて……。


「さて」


 立ち上がり、静かに息をする。

 空腹のあまり目眩がした。だが、少年が捨てられる切っ掛けとなった病については何も感じない。激しい吐き気が止まらなかったはずだが……少年は最後の最後に病に勝ったようだ。


 鬱陶しい女神の声も聞こえない。肉体を捨てれば女神の束縛から解放されるという魔王の読みは正しかった。


 少年と魔王に敬意を払い――元勇者は歩き出した。


「新大陸には、船が出ているんだったか?」


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